2005年 11月 17日
ラダーゲート |
▼著名ジャーナリストを降板に追い込んだ米ブロガーの実力
「ブッシュ氏兵役に新たな疑問」―。2004年9月8日の米テレビ網大手CBS放送の人気ニュース番組「60ミニッツ」は、独自の調査報道で得たスクープを大きく報じた。
2004年の大統領選では、両候補の兵歴が焦点の1つになっていた。民主党候補のジョン・ケリー上院議員のベトナム戦争での功績に関する疑問が浮上する一方で、再選を狙う共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領がベトナム徴兵を逃れるためにテキサス州兵空軍に入ったのではないかという疑惑が取り沙汰されていた最中だった。
ブッシュ大統領がテキサス州兵隊に所属していたころ、ブッシュ氏の父親である、いわゆるパパブッシュは、地元テキサスでは既に有力政治家だった。ブッシュ大統領に対する疑惑は、父親の七光りで特別扱いされ、ベトナムへ行きを免除されたたのではないか、というものだった。
この疑惑を裏付けるような証拠を「60ミニッツ」の取材班が入手したというのだ。
その証拠の1つが、テキサス州議会議長だったベン・バーンズ氏の証言だった。ブッシュ氏は1968年5月にエール大学を卒業している。同月だけでも2000人以上の米兵がベトナム戦争で命を失った。ブッシュ氏が徴兵されるのも時間の問題だった。
ブッシュ氏に徴兵の手が差し掛かろうとしていた矢先、テキサスの石油王として知られるシッド・アドガー氏がバーンズ州議会議長に会いたいと言ってきたという。アドガー氏はバーンズ氏の友人であり、ブッシュ氏の父親のジョージ・ブッシュ連邦下院議員(当時)の友人でもあった。
番組のインタビューに対しバーンズ氏は「ずいぶんと昔の話だが、基本的にアドガー氏が言ったことは、ブッシュの息子をテキサス州兵空軍に入隊させてくれないか、ということだった」と証言した。バーンズ氏はこの依頼を受けて、古くからの友人であり、テキサス州兵空軍の責任者であるジェームス・ローズ氏に連絡を取ったという。
州兵に入隊すれば、ベトナムに行かなくてすむ。多くの若者が州兵への入隊を希望していた。ブッシュ氏は特別扱いされたのだろうか。バーンズ氏は「特別扱いと呼んでいいと思う」と証言している。
ブッシュ氏はテキサス州兵に入隊し、大尉となってジョージア州でパイロットとしての訓練を受けている。その後、ヒューストンのエリングトン空軍基地に配属されることになる。当時の上官であるジェリー・キリアン大佐は、ブッシュ大尉が非常に優秀なパイロットであったと文書に記している。
その一方で、キリアン大佐が上官に宛てた複数の未公開文書が発見された。同大佐は1984年に亡くなっているのだが、鑑定専門家によるとこれらの文書は同大佐のものとみて間違いないという。
1つの文書の日付は1972年5月。内容は、ブッシュ大尉が父親のアラバマ州での選挙運動を手伝うために11月までの兵役の免除を希望している、というものだった。その中でキリアン大佐はブッシュ大尉が「だれか上の人(上官、権力者)と話をしている」もようだ、と記している。
また1973年8月18日付の別の文書では、上官であるブック・ストート大佐からブッシュ大尉の評価を実際以上によく記録するよう圧力をかけられていると記している。ストート大佐は、ブッシュ家の長年の後援者として知られる人物だ。
別の文書は、ブッシュ大尉に身体検査を受けるよう命令しているものだった。しかしブッシュ大尉は身体検査を受けていない。この命令を無視したわけだ。
身体検査を受けていないので、ブッシュ大尉は1972年8月1日に、一時的にパイロットの資格停止処分を受けている。この文書は、過去に公開されている。今回この文書と同じ日付の文書がキリアン大佐の個人ファイルから発見された。その文書によると、資格停止はブッシュ大尉が身体検査を受けなかったからだけではなく、そのほかの面でも空軍の基準に達していないからだ、という。
再選を狙うブッシュ大統領には、厳しい内容の番組だった。裏から手を回し兵役から逃れようとした人間であるとのレッテルを貼られれば、米軍の総指揮官を兼務する大統領にふさわしくないとみなされるからだ。
内容が内容だけに、番組の放送が終わるや否や、ケリー候補支持者、ブッシュ候補支持者が入り混じってネット上は大論争となった。そんな中、「60ミニッツ」のこの報道内容に首を傾げた人たちがいた。
最初に疑問を呈したのは、保守系ブログの「フリーリパブリック・ドット・コム」だった。同番組の予告編が流れた時点で、同ブログは証拠の信憑性を問う書き込みを行っている。番組放送後の午後9時16分には、この問題を集中的に議論するスレッド(掲示板上のコーナー)をフリーリパブリック・ドット・コム上に立ち上げている。そしてそのスレッド上に、「バックヘッド」というハンドル名のユーザーが書いた一文が、ネット上に大きな波紋を引き起こした。
「これらの書類に使われている活字は、活字同士のスペースが調整されている。1972年といえばタイプライターが主流で、このような活字は使っていなかったはずだ」。
タイプライターで書かれた英語の文書は、行の左端こそ一列にきれいに揃っているが、右端はどうしてもギザギザになってしまう。英語の場合、単語の途中で改行できないので、仕方のないことだ。ところが、ワープロやパソコンは、活字間のスペースを自動的に計算し微調整することで、右端もきれいに揃えるという芸当をやってのける。現在の英語の文書はパソコンで書かれているため、左端も右端もきれいに揃っているのが普通だ。
番組の中で紹介された文書は、左端も右端もきれいに揃っていた。もちろん1972年にコンピューターがなかったわけではないが、まだまだタイプライターが主流の時代だ。これらの文書はどうも怪しい・・・。フリーリパブリック・ドット・コムを中心にネット上はこの話題で持ちきりとなった。
翌日の9日には、ミネアポリス在住の弁護士スコット・ジョンソン氏がフリーリパブリック・ドット・コムの掲示板に自分のブログ「パワーライン」へのリンクを掲示した。ジョンソン氏は弁護士としての立場から、問題の文書の信憑性を問う言論を展開した。その言説の質の高さから、今度は「パワーライン」が情報のハブになり、このブログに情報が次々と寄せられるようになった。
IBMのタイプライター「エグゼクティブ」シリーズには左右の端をきれいに揃える機能を持っていたという証言が寄せられた。文書が本物である可能性があるというわけだ。ただ、「エグゼクティブ」シリーズが問題の文書に使われたフォント(字体)を持っていたかどうかに関して明確な証拠はないという。
この証言に対し、1970年代当時、州兵隊がIBM「エグゼクティブ」シリーズを使っていた可能性は低いとの意見が、州兵隊関係者やコンピューター業界関係者などから多く寄せられた。
そんな中、別の有力な指摘がネット上に登場する。1973年8月18日付の文書に使われた「187th」という単語の「th」部分が小さく表記されている、という指摘だった。現在のワープロソフトを使えば「何番目」ということを意味する「th」は、自動的に小さく変換される。ところが70年代に使われていたほとんどすべてのタイプライターは、1つの文字セットした搭載していなかった。つまり、字の大きさを変換することは不可能。当時は「th」を通常サイズで表記することが一般的だったのだ。
やはりこの文書は、怪しい、ということになった。
また空軍に21年勤務したというユーザーからは「ブッシュ大尉に身体検査を受けるよう『メモ』で命令したとなっているが、空軍ではこのような『命令』は『メモ』という形ではなく『手紙』という形の文書で通達するのが一般的だ」という意見も寄せられた。
「ヒーローズ・フロム・ザ・パスト」という名のブログは、ネット上から実際に1972年に書かれた文書を見つけてきて問題の文書と対比させ、細部まで検証した結果「(問題の文書が)タイプライターで書かれたものではないことは明らかだ」との主張を展開した。
「リトル・グリーン・フットボールズ」というブログは、問題の文書の文言を人気ワープロソフト「マイクロソフト・ワード」で打ち直し、2つの文書を並べて比較した。問題の文書の方は字体の輪郭がぼやけているものの、文字の並び方を見るとワープロで作った文書とほとんど変わらないことが分かる。このブログは「文字間のスペースという点で2つの文書を見比べると、『よく似ている』というレベルではなく、すべての面でまったく同じであると言っていい」と結論付けている。
「INDCジャーナル」というブログは、問題の文書を専門家に鑑定してもらおうと複数の専門家に連絡を取った。そのうちの1人、フィリップ・ボーファード氏が鑑定に協力し、次のような結論に達したという。
「問題の文書は数回に渡ってコピーされたもようで、文字の輪郭がぼやけている。正確な鑑定を行うにはオリジナルの文書が必要になるが、CBSでさえオリジナルの文書を持ち合わせていないもよう。コピーされた文書で判断するので100%の自信があるわけではないが、この文書に使われているフォント(字体)は『タイムズ・ローマン』(ワープロでよく使用される字体)の可能性がある。ということはこの文書はコンピューターで作成された可能性がある。わたしの勘では、この文書は偽造されたものだと思う」。
こうしたネット上での騒ぎを受け、ABC放送やワシントン・ポストなどの報道機関も動き出すことになった。問題の文書はブッシュ氏の上官だったジェリー・キリアン中佐のファイルから見つかったとされている。同中佐は既に故人となっているが、当時、同中佐の秘書だったマリアン・カー・ノックスさんの居場所が分かった。ノックスさんは複数の報道機関の取材に対し、こうした類の文書をタイプするのは自分の仕事であり他の人がタイプすることはなかったとした上で、これらの文書をタイプした覚えがない、と証言した。
CBS放送のダン・ラダー氏自身もノックスさんをインタビューした。ノックスさんは、これらの文書が当時のキリアン中佐の考え方に沿ったものであることは事実だが、自分はこれらの文書をタイプしなかった、と発言している。
CBS放送は9月15日の「60ミニッツ」でこのインタビューを放映した。自分たちに不利な情報だったが、それでも報道することにしたのだ。しかし、それと同時に「数多くのインタビューや証拠を考慮した上で、自信を持って報道した」という内容の声明文を発表。この時点では、同番組の報道に誤りはなかったとする立場を固持した。
CBSニュース元重役のジョナサン・クライン氏はこの騒動に関し「われわれは何重もの確認作業を行っている。それと、リビングルームでパジャマを着たまま自分の考えを書いている人間を比較されても・・・」と発言したとされる。この発言をブロガーたちは、自分たちに対する挑発だと受け止めた。ネット上の議論はますます熱くなった。
ただこうした発言が出てくるということは、逆に言えばCBS側はかなり精神的に追い詰められていたのではなかろうか。
そして9月20日。CBS側は態度を一転する。ダン・ラダー氏は「これらの文書を引き続きジャーナリスティックに保証する自信がなくなった。(中略)判断ミスを犯してしまった。申し訳なく思っている」との声明を発表し、謝罪した。
ラダー氏は、メーンキャスターを降板することも明らかにした。またこの報道を担当したマリー・メープス記者は解雇され、CBSのニュース部門担当のベティー・ウエスト上級副社長、同番組のエグゼクティブ・プロデュサーのジョッシュ・ハワード氏、シニア・プロデューサーのマリー・マーフィー氏は責任を取って辞任することとなった。
ニクソン大統領を辞任に追い込んだ一連の報道をウォーターゲートと呼ぶことにちなんで、この騒動はラダーゲートと呼ばれる。数多くのブロガーのジャーナリスティックな活動が、ダン・ラダー氏という著名ジャーナリストを降板に追い込んだ。アマチュア対プロの戦いとの構図で語られることの多いこの1件は、アマチュアの勝利となった。
脚注
CBS放送のサイト上の60ミニッツの「New Questions On Bush Guard Duty」
http://www.cbsnews.com/stories/2004/09/08/60II/main641984.shtml
CNET「Bloggers drive hoax probe into Bush memos」
http://news.com.com/Bloggers+drive+hoax+probe+into+Bush+memos/2100-1028_3-5362393.html?tag=nl
フリーリパブリック・ドット・コム
www.freerepublic.com
フリーリパブリック・ドット・コムにできた関連スレッド「"The 'New' CBS Bush Documents, Let's do some investigating.」
http://www.freerepublic.com/focus/news/1210702/posts
パワーライン9月9日のエントリー
http://www.powerlineblog.com/archives/007760.php
「ヒーローズ・フロム・ザ・パスト」
http://hftp.blogspot.com/2004/09/60-minutes-documents-forged.html
「リトル・グリーン・フットボールズ」
http://littlegreenfootballs.com/weblog/?entry=12526_Bush_Guard_Documents-_Forged
問題の文書のPDFファイル
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardmay4.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardmay19.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardaugust1.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardaugust18.pdf
1972年に書かれた無関係の文書
http://www.ecy.wa.gov/pubs/72e30.pdf
「INDCジャーナル」
http://www.indcjournal.com/archives/000838.php
「数多くのインタビューや証拠を考慮した上で、自信を持って報道した」という内容の声明文
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/cbsstatement.pdf
JONATHAN KLEIN, FORMER CBS NEWS EXECUTIVE: It's an important moment, because you couldn't have a starker contrast between the multiple layers of checks and balances, and a guy sitting in his living room in his pajamas writing what he thinks.
CNET 「Blogs play critical role in campaigns」
http://news.com.com/Blogs+play+critical+role+in+campaigns/2100-1028_3-5432879.html
保守派ブログ
Free Republic
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Little Green Footballs
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Power Line
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革新派ブログ
DailyKos
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MyDD
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Michael Moore
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著者注:本として出版するための原稿ですが、未完成なものです。間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。参考「本を書きます」
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
「ブッシュ氏兵役に新たな疑問」―。2004年9月8日の米テレビ網大手CBS放送の人気ニュース番組「60ミニッツ」は、独自の調査報道で得たスクープを大きく報じた。
2004年の大統領選では、両候補の兵歴が焦点の1つになっていた。民主党候補のジョン・ケリー上院議員のベトナム戦争での功績に関する疑問が浮上する一方で、再選を狙う共和党のジョージ・W・ブッシュ大統領がベトナム徴兵を逃れるためにテキサス州兵空軍に入ったのではないかという疑惑が取り沙汰されていた最中だった。
ブッシュ大統領がテキサス州兵隊に所属していたころ、ブッシュ氏の父親である、いわゆるパパブッシュは、地元テキサスでは既に有力政治家だった。ブッシュ大統領に対する疑惑は、父親の七光りで特別扱いされ、ベトナムへ行きを免除されたたのではないか、というものだった。
この疑惑を裏付けるような証拠を「60ミニッツ」の取材班が入手したというのだ。
その証拠の1つが、テキサス州議会議長だったベン・バーンズ氏の証言だった。ブッシュ氏は1968年5月にエール大学を卒業している。同月だけでも2000人以上の米兵がベトナム戦争で命を失った。ブッシュ氏が徴兵されるのも時間の問題だった。
ブッシュ氏に徴兵の手が差し掛かろうとしていた矢先、テキサスの石油王として知られるシッド・アドガー氏がバーンズ州議会議長に会いたいと言ってきたという。アドガー氏はバーンズ氏の友人であり、ブッシュ氏の父親のジョージ・ブッシュ連邦下院議員(当時)の友人でもあった。
番組のインタビューに対しバーンズ氏は「ずいぶんと昔の話だが、基本的にアドガー氏が言ったことは、ブッシュの息子をテキサス州兵空軍に入隊させてくれないか、ということだった」と証言した。バーンズ氏はこの依頼を受けて、古くからの友人であり、テキサス州兵空軍の責任者であるジェームス・ローズ氏に連絡を取ったという。
州兵に入隊すれば、ベトナムに行かなくてすむ。多くの若者が州兵への入隊を希望していた。ブッシュ氏は特別扱いされたのだろうか。バーンズ氏は「特別扱いと呼んでいいと思う」と証言している。
ブッシュ氏はテキサス州兵に入隊し、大尉となってジョージア州でパイロットとしての訓練を受けている。その後、ヒューストンのエリングトン空軍基地に配属されることになる。当時の上官であるジェリー・キリアン大佐は、ブッシュ大尉が非常に優秀なパイロットであったと文書に記している。
その一方で、キリアン大佐が上官に宛てた複数の未公開文書が発見された。同大佐は1984年に亡くなっているのだが、鑑定専門家によるとこれらの文書は同大佐のものとみて間違いないという。
1つの文書の日付は1972年5月。内容は、ブッシュ大尉が父親のアラバマ州での選挙運動を手伝うために11月までの兵役の免除を希望している、というものだった。その中でキリアン大佐はブッシュ大尉が「だれか上の人(上官、権力者)と話をしている」もようだ、と記している。
また1973年8月18日付の別の文書では、上官であるブック・ストート大佐からブッシュ大尉の評価を実際以上によく記録するよう圧力をかけられていると記している。ストート大佐は、ブッシュ家の長年の後援者として知られる人物だ。
別の文書は、ブッシュ大尉に身体検査を受けるよう命令しているものだった。しかしブッシュ大尉は身体検査を受けていない。この命令を無視したわけだ。
身体検査を受けていないので、ブッシュ大尉は1972年8月1日に、一時的にパイロットの資格停止処分を受けている。この文書は、過去に公開されている。今回この文書と同じ日付の文書がキリアン大佐の個人ファイルから発見された。その文書によると、資格停止はブッシュ大尉が身体検査を受けなかったからだけではなく、そのほかの面でも空軍の基準に達していないからだ、という。
再選を狙うブッシュ大統領には、厳しい内容の番組だった。裏から手を回し兵役から逃れようとした人間であるとのレッテルを貼られれば、米軍の総指揮官を兼務する大統領にふさわしくないとみなされるからだ。
内容が内容だけに、番組の放送が終わるや否や、ケリー候補支持者、ブッシュ候補支持者が入り混じってネット上は大論争となった。そんな中、「60ミニッツ」のこの報道内容に首を傾げた人たちがいた。
最初に疑問を呈したのは、保守系ブログの「フリーリパブリック・ドット・コム」だった。同番組の予告編が流れた時点で、同ブログは証拠の信憑性を問う書き込みを行っている。番組放送後の午後9時16分には、この問題を集中的に議論するスレッド(掲示板上のコーナー)をフリーリパブリック・ドット・コム上に立ち上げている。そしてそのスレッド上に、「バックヘッド」というハンドル名のユーザーが書いた一文が、ネット上に大きな波紋を引き起こした。
「これらの書類に使われている活字は、活字同士のスペースが調整されている。1972年といえばタイプライターが主流で、このような活字は使っていなかったはずだ」。
タイプライターで書かれた英語の文書は、行の左端こそ一列にきれいに揃っているが、右端はどうしてもギザギザになってしまう。英語の場合、単語の途中で改行できないので、仕方のないことだ。ところが、ワープロやパソコンは、活字間のスペースを自動的に計算し微調整することで、右端もきれいに揃えるという芸当をやってのける。現在の英語の文書はパソコンで書かれているため、左端も右端もきれいに揃っているのが普通だ。
番組の中で紹介された文書は、左端も右端もきれいに揃っていた。もちろん1972年にコンピューターがなかったわけではないが、まだまだタイプライターが主流の時代だ。これらの文書はどうも怪しい・・・。フリーリパブリック・ドット・コムを中心にネット上はこの話題で持ちきりとなった。
翌日の9日には、ミネアポリス在住の弁護士スコット・ジョンソン氏がフリーリパブリック・ドット・コムの掲示板に自分のブログ「パワーライン」へのリンクを掲示した。ジョンソン氏は弁護士としての立場から、問題の文書の信憑性を問う言論を展開した。その言説の質の高さから、今度は「パワーライン」が情報のハブになり、このブログに情報が次々と寄せられるようになった。
IBMのタイプライター「エグゼクティブ」シリーズには左右の端をきれいに揃える機能を持っていたという証言が寄せられた。文書が本物である可能性があるというわけだ。ただ、「エグゼクティブ」シリーズが問題の文書に使われたフォント(字体)を持っていたかどうかに関して明確な証拠はないという。
この証言に対し、1970年代当時、州兵隊がIBM「エグゼクティブ」シリーズを使っていた可能性は低いとの意見が、州兵隊関係者やコンピューター業界関係者などから多く寄せられた。
そんな中、別の有力な指摘がネット上に登場する。1973年8月18日付の文書に使われた「187th」という単語の「th」部分が小さく表記されている、という指摘だった。現在のワープロソフトを使えば「何番目」ということを意味する「th」は、自動的に小さく変換される。ところが70年代に使われていたほとんどすべてのタイプライターは、1つの文字セットした搭載していなかった。つまり、字の大きさを変換することは不可能。当時は「th」を通常サイズで表記することが一般的だったのだ。
やはりこの文書は、怪しい、ということになった。
また空軍に21年勤務したというユーザーからは「ブッシュ大尉に身体検査を受けるよう『メモ』で命令したとなっているが、空軍ではこのような『命令』は『メモ』という形ではなく『手紙』という形の文書で通達するのが一般的だ」という意見も寄せられた。
「ヒーローズ・フロム・ザ・パスト」という名のブログは、ネット上から実際に1972年に書かれた文書を見つけてきて問題の文書と対比させ、細部まで検証した結果「(問題の文書が)タイプライターで書かれたものではないことは明らかだ」との主張を展開した。
「リトル・グリーン・フットボールズ」というブログは、問題の文書の文言を人気ワープロソフト「マイクロソフト・ワード」で打ち直し、2つの文書を並べて比較した。問題の文書の方は字体の輪郭がぼやけているものの、文字の並び方を見るとワープロで作った文書とほとんど変わらないことが分かる。このブログは「文字間のスペースという点で2つの文書を見比べると、『よく似ている』というレベルではなく、すべての面でまったく同じであると言っていい」と結論付けている。
「INDCジャーナル」というブログは、問題の文書を専門家に鑑定してもらおうと複数の専門家に連絡を取った。そのうちの1人、フィリップ・ボーファード氏が鑑定に協力し、次のような結論に達したという。
「問題の文書は数回に渡ってコピーされたもようで、文字の輪郭がぼやけている。正確な鑑定を行うにはオリジナルの文書が必要になるが、CBSでさえオリジナルの文書を持ち合わせていないもよう。コピーされた文書で判断するので100%の自信があるわけではないが、この文書に使われているフォント(字体)は『タイムズ・ローマン』(ワープロでよく使用される字体)の可能性がある。ということはこの文書はコンピューターで作成された可能性がある。わたしの勘では、この文書は偽造されたものだと思う」。
こうしたネット上での騒ぎを受け、ABC放送やワシントン・ポストなどの報道機関も動き出すことになった。問題の文書はブッシュ氏の上官だったジェリー・キリアン中佐のファイルから見つかったとされている。同中佐は既に故人となっているが、当時、同中佐の秘書だったマリアン・カー・ノックスさんの居場所が分かった。ノックスさんは複数の報道機関の取材に対し、こうした類の文書をタイプするのは自分の仕事であり他の人がタイプすることはなかったとした上で、これらの文書をタイプした覚えがない、と証言した。
CBS放送のダン・ラダー氏自身もノックスさんをインタビューした。ノックスさんは、これらの文書が当時のキリアン中佐の考え方に沿ったものであることは事実だが、自分はこれらの文書をタイプしなかった、と発言している。
CBS放送は9月15日の「60ミニッツ」でこのインタビューを放映した。自分たちに不利な情報だったが、それでも報道することにしたのだ。しかし、それと同時に「数多くのインタビューや証拠を考慮した上で、自信を持って報道した」という内容の声明文を発表。この時点では、同番組の報道に誤りはなかったとする立場を固持した。
CBSニュース元重役のジョナサン・クライン氏はこの騒動に関し「われわれは何重もの確認作業を行っている。それと、リビングルームでパジャマを着たまま自分の考えを書いている人間を比較されても・・・」と発言したとされる。この発言をブロガーたちは、自分たちに対する挑発だと受け止めた。ネット上の議論はますます熱くなった。
ただこうした発言が出てくるということは、逆に言えばCBS側はかなり精神的に追い詰められていたのではなかろうか。
そして9月20日。CBS側は態度を一転する。ダン・ラダー氏は「これらの文書を引き続きジャーナリスティックに保証する自信がなくなった。(中略)判断ミスを犯してしまった。申し訳なく思っている」との声明を発表し、謝罪した。
ラダー氏は、メーンキャスターを降板することも明らかにした。またこの報道を担当したマリー・メープス記者は解雇され、CBSのニュース部門担当のベティー・ウエスト上級副社長、同番組のエグゼクティブ・プロデュサーのジョッシュ・ハワード氏、シニア・プロデューサーのマリー・マーフィー氏は責任を取って辞任することとなった。
ニクソン大統領を辞任に追い込んだ一連の報道をウォーターゲートと呼ぶことにちなんで、この騒動はラダーゲートと呼ばれる。数多くのブロガーのジャーナリスティックな活動が、ダン・ラダー氏という著名ジャーナリストを降板に追い込んだ。アマチュア対プロの戦いとの構図で語られることの多いこの1件は、アマチュアの勝利となった。
脚注
CBS放送のサイト上の60ミニッツの「New Questions On Bush Guard Duty」
http://www.cbsnews.com/stories/2004/09/08/60II/main641984.shtml
CNET「Bloggers drive hoax probe into Bush memos」
http://news.com.com/Bloggers+drive+hoax+probe+into+Bush+memos/2100-1028_3-5362393.html?tag=nl
フリーリパブリック・ドット・コム
www.freerepublic.com
フリーリパブリック・ドット・コムにできた関連スレッド「"The 'New' CBS Bush Documents, Let's do some investigating.」
http://www.freerepublic.com/focus/news/1210702/posts
パワーライン9月9日のエントリー
http://www.powerlineblog.com/archives/007760.php
「ヒーローズ・フロム・ザ・パスト」
http://hftp.blogspot.com/2004/09/60-minutes-documents-forged.html
「リトル・グリーン・フットボールズ」
http://littlegreenfootballs.com/weblog/?entry=12526_Bush_Guard_Documents-_Forged
問題の文書のPDFファイル
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardmay4.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardmay19.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardaugust1.pdf
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/BushGuardaugust18.pdf
1972年に書かれた無関係の文書
http://www.ecy.wa.gov/pubs/72e30.pdf
「INDCジャーナル」
http://www.indcjournal.com/archives/000838.php
「数多くのインタビューや証拠を考慮した上で、自信を持って報道した」という内容の声明文
http://www.cbsnews.com/htdocs/pdf/cbsstatement.pdf
JONATHAN KLEIN, FORMER CBS NEWS EXECUTIVE: It's an important moment, because you couldn't have a starker contrast between the multiple layers of checks and balances, and a guy sitting in his living room in his pajamas writing what he thinks.
CNET 「Blogs play critical role in campaigns」
http://news.com.com/Blogs+play+critical+role+in+campaigns/2100-1028_3-5432879.html
保守派ブログ
Free Republic
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Little Green Footballs
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Power Line
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革新派ブログ
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MyDD
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Michael Moore
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著者注:本として出版するための原稿ですが、未完成なものです。間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。参考「本を書きます」
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
by tsuruaki_yukawa
| 2005-11-17 05:46
| 本の原稿