カテゴリ:新聞はポータルを目指すべき |
- ポータルは新聞が追求すべき(だった)道[ 2004-06-08 22:32 ]
|
検索
カテゴリ
このブログについて
参加型ジャーナリズムの時代 参加型ジャーナリズムの課題 書評をめぐる論争 報道機関ライブドア 共同ブログ騒動 参加型ジャーナリズムの形 新聞「牛丼」論 グーグルニュースの衝撃 参加型ジャーナリズム ライブドアのメディア戦略 新聞はポータルを目指すべき ビジネスモデル ブログ マスコミのブログ採用例 テクノラティ オーマイニュース 技術動向 報道機関への提言 読者と記者の会話 紙はなくなるのか 草の根ジャーナリズムの例 本の原稿 トラックバックセンター お知らせ・つぶやき メール、連絡先 プロフィール 最新のコメント
最新のトラックバック
以前の記事
2006年 06月
2006年 05月 2006年 04月 2006年 02月 2006年 01月 2005年 12月 2005年 11月 2005年 10月 2005年 09月 2005年 08月 2005年 07月 2005年 06月 2005年 05月 2005年 04月 2005年 03月 2005年 02月 2005年 01月 2004年 12月 2004年 11月 2004年 10月 2004年 09月 2004年 08月 2004年 07月 2004年 06月 2004年 05月 お気に入りブログ
ライフログ
おすすめキーワード(PR)
ファン
|
2004年 06月 08日
東京情報大学の桂敬一教授を取材させていただいた際に、非常に印象深いコメントを2ついただいた。
1つは、「ジャーナリズムは今後も産業として成立するのですか」という問いに対する答え。 桂教授は「日本の新聞の歴史の中で良質のジャーナリズムが産業として成立したことは一度もない」とコメントしてくれた。 もう1つは上の回答に対する追加質問「それでは新聞の価値ってなんですか」に対する回答。 「新聞の最大の価値は、家族全員の情報ニーズに応えることのできる総合情報媒体であるということだ」という。 この2つのコメントを聞いてどう思われるでしょうか。新聞の一般読者なら「なるほどね」と思われるだけかもしれない。新聞関係者に投げてみると、まったく異なる反応が返ってくることがある。ある新聞OBは「学者に何が分かるのか」と怒り出してしまった。地を這うような思いをして集めてきた情報に価値がない、と言われた気になったのだろう。一般的には新聞社でも編集部門の人に、このような反応が多いような気がする。新聞社でも編集以外の部署の人は読者に近い反応をするようだ。ある新聞社で講演した際に桂教授のこのコメントを紹介すると、「どうしてそんな分かり切った話をするのか」と広告部の若手社員に批判されてしまった。 さて編集部門の人に多い反論はここではあえて取り上げないことにし、新聞の総合情報媒体としての役割を少し考えてみたい。 新聞は、社会の変化に伴って読者の新しい情報ニーズを常に模索してきた。テレビが普及したときには、テレビ欄を掲載した。「新聞と競合する可能性のあるテレビの宣伝になるような情報は、掲載すべきではない」という反論が、あったのかもしれない。それでも当時の新聞社はテレビ欄を掲載することを決めた。新聞が取り扱うべき総合情報の1つと判断したわけだ。 テレビ欄は、「正解」だった。テレビ欄は新聞の中でも最も活用される情報の1つになっている。 反対に米国の新聞社は、テレビ欄を軽視した。その結果、テレビ番組に関する消費者の情報ニーズを新聞が満たすことができず、代わりに「TVガイド」という小雑誌がこのニーズを満たした。米国ではTVガイドがいまだに最もよく売れている雑誌の1つだ。 一方、米国の新聞は募集広告や「売ります」「買います」といった個人広告に力を入れた。新聞という総合情報媒体に取り入れるべき情報だと判断したのだろう。この結果、個人広告は米国の新聞社の非常に大きな収入源になっている。 反対に日本の新聞は個人広告に力を入れなかった。その結果、就職情報誌などが数多く登場したわけだ。 つまり新聞は、日本であれ米国であれ、社会が変化するたびに各種情報の取捨選択を行ってきた。一連の選択はときには正しく、ときには間違っていた。 そして今、インターネットという技術が社会を大きく変えようとする中で、新聞はどのような情報をパッケージにして提供すべきかを模索している。多くの新聞社は答えを見つけられず、紙の新聞とほとんど同じ情報をネット上でも出している。 インターネットに向いた情報とは何なのだろうか。ネットユーザーの情報ニーズの最大公約数の情報パッケージとはどんな形なのだろうか。 実は、ネットユーザーの情報ニーズの最大公約数のパッケージの形は既に存在する。ヤフーに代表されるポータルは、まさに総合情報媒体だ。つまり新聞のビジネスモデルの実体が総合情報媒体であるならば、ネット上で新聞はポータルを目指すべきだったのだ。 新聞社の電子メディア事業の担当者は「ネット事業は儲からない」「ネット事業は収益性で判断せずに、将来に向けた研究開発として割り切るべきだ」とことあるごとに主張する。しかし儲からないのは、ネット上の総合情報媒体を目指していないからではなかろうか。紙の新聞と同じ情報しか出していないからではなかろうか。ネットユーザーの情報ニーズが何であるのかを真剣に模索していないからではなかろうか。事実、ネットユーザーの情報ニーズに応えることを徹底的に追求したヤフーは立派に収益を上げている。 ではなぜ「ポータルを目指すべきだった」と過去形にしたかといえば、ポータル事業は競合相手がもう既に多く、後発参入で成功することは非常に難しいから。 今後、新聞社が目指し成功の可能性があるビジネスモデルの1つは、専門分野に特化したポータルだろう。例えば大手全国紙は百科事典と組んで「知識情報ポータル」を目指すのがいいかもしれない。地方紙は、フルルkansaiのようなブログポータルを取り込んだ「地域情報ポータル」を目指せるだろう。専門紙なら専門ポータルだ。 そしてヤフーが、ヤフーの「中」の情報とインターネット上に存在する「外」の情報の融合を目指しているように、新聞社の運営するポータルは「中」の情報と「外」の情報をうまくミックスすべきだと思う。 どのように「中」の情報と「外」の情報をミックスすべきか。それは現在ヤフーが取り組んでいる課題であり、ヤフーの取り組み方を見れば参考になるかもしれない。 それとポータル型を目指すのならば、検索エンジンは不可欠。当然サイトの「中」と「外」の両方の情報が検索できるもので、専門分野に特化しチューニングを施したものでなければならないだろう。 < 前のページ次のページ >
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||