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2004年 08月 31日
共同通信編集委員室のブログ「署名で書く記者の『ニュース日記』が約2ヶ月ぶりに再開した。ゆびとまさんから教えていただいた。
同ブログの運営者である小池新編集長と伊藤圭一編集委員の苦しいお立場は、同業者として痛いほど分かります。社内、業界内での逆風に立ち向かって、よくぞ再開してくださいました。久しぶりに本物のジャーナリスト魂を見せていただいた気がします。 閉鎖的なジャーナリズムから開かれた「参加型ジャーナリズム」への扉を、今まさにお二人が押し開いてくださいました。お二人に対し最大級の敬意を表したいと思います!! ■
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2004年 08月 11日
共同通信ブログの問題で、優れた論評が数多く出ているが、そのほとんどは一般ブロガーの手によるもの。参加型ジャーナリズムの将来を占う大事件だというのに、商業ジャーナリズム側からは目立った意見が出ていない。
商業ジャーナリズム側の人間として、わたしは一般的な新聞関係者の考えていることはだいたい分かる。また実際に知り合いの新聞記者数人とこの問題に関して議論してみた。 その結果、次のような意見、感想が出てきた。 「やっぱり所属報道機関の名前を出してブログを持つのは、まずい。名前を出すなら、複数の人間のチェック体制を通ってからアップロードする形にしなければならない」 「無責任な発言が出ないように、コメントは受け付けるべきではない」 「なぜブログなんて、余計なことを始めたんだろう。本業に専念していればこんなことは起こらなかっただろうのに」 「ネットユーザーは社会の中でも特殊な層。かれらの意見は必ずしも、世論ではない」 「ネットのおかげで大衆が感情で流され、1つの『暴力』を形成するようになっている。これは民主主義にとって必ずしもいいこととは言えないのではないか」 これらの意見は、ばくぜんとした感想に過ぎないので、これらの意見を基に論陣を張ろうという新聞人はいないだろう。だが商業ジャーナリズム側の多くの人間がこうした思いを抱くのであれば、商業ジャーナリズムが先頭に立って参加型ジャーナリスムの時代を切り開いていくことはないだろう。一般大衆の情報発信を取り入れた参加型ジャーナリズムが民主主義にとって朗報であり、商業ジャーナリズムの目指すべき方向だということを、事例を交えて説得していくことがわたしの仕事だと思う。 ■
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2004年 08月 11日
「がんばれ、小池編集長」という見出しでブログを書こうと思っていたら、経済評論家の木村剛氏が「頑張れ!くじけるな!小池編集長!」という見出しでブログを既に書いておられる。わたしが追加すべきことは何もないので、ぜひそちらを読んでいただきたいと思う。
それにしても、しっかりと本職をこなしながら、ブログをこまめに更新している人の、何と多いことか。仕事に追われ、ブログ更新がままならない自分の力不足を実感する毎日です。 ■
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2004年 08月 04日
共同通信編集委員室のブログの騒ぎは、今後の商業ジャーナリズムと草の根ジャーナリズムの融合というわたしの研究テーマの観点から非常に興味深い。わたしなりに意見をまとめて書こうと思ったのだが、ネット上で優れた見解が既に発表されている。まずそれを紹介したい。
まず「Fireside Chats」は学術論文並みに「騒動の概要」「騒動の原因と背景」「騒動の増殖のメカニズム」「残る問題」という切り口で情報をまとめ解説している。このブログが言うように、この騒動はブログにまつわる騒動としては最初の大型事件だと思う。そういう意味で、このブログは丁寧にこの問題を検証している。最も効率よくこの問題の全容を知りたければ、このFireside Chatというブログを読むのがいいだろう。 「あざらしサラダ」は非常にバランスの取れた議論をしている。 小池編集長を始めとする共同通信が、一般読者との新しいコミュニケーションのあり方について色々模索していたことは評価できるが、これまで一方通行的なコミュニケーションしか経験してこなかったマスコミにとって、『一方的に相手の「人格」を否定するような発言をすると、書いた本人が予想する以上に激しい反応が返ってくる』という、ネットにおけるコミュニケーションのルールを熟知していなかったことが、今回の騒動を招いた最大の原因ではないだろうか。 「カトラー:katolerのマーケティング言論」というブログのイカロスの墜落~共同通信ブログ休止の波紋~という書き込みは、すばらしい文章だ。文章を生業とするわたしだが、このようなすばらしい文章を書けるようになりたいと常に願っている。心情的にも共感を覚えるところが多い。 あまりにもすばらしいので、長文ながら一部をここに引用させてもらうが、ぜひ元の文章を読んでもらいたい。 小池氏は、読者からの反応に対してオープンにいきたいという考え方を当初から持っていて、こうしたブログを始めたのだと推測している。 カトラーさんが言うように、報道機関に所属する記者が報道機関の冠を掲げ署名入りでブログを持つということは、画期的なことだと思う。他の多くの報道機関では、とても考えられないことだ。共同通信編集委員室は、一方通行の情報発信に疲れ、読者との距離を縮めようと、あえて身分を明かし実名で意見を書き、読者からのコメントを受け付けるブログを採用した。このこと自体に、わたしは最大の敬意を表したい。 ネットを毛嫌いする多くの報道関係者は気づいていないが、報道機関と一般大衆の距離は開く一方だ。多くの報道関係者は自分たちが民衆の側に立っていると考えているが、一般大衆は報道機関を体制側、権力側とみなしているのだ。 わたしは、もう一度、報道機関と一般大衆を近づけなければならないという思いからこのブログを運営している。同じ目的に向かって果敢に前進しているのが、共同通信編集委員室だったと思う。 それが今回の騒ぎで1カ月以上もブログが休止されたままになっている。非常に残念なことだ。 共同通信編集委員室の小池新編集長は、ブログ上でのコミュニケーションの仕方を知らなかったという分析がある。そうかも知れない。わたしは、ブログを使った議論はパネル討論会のようなものだとわたしは思っている。数人のパネリストが壇上にいて、順番にそれぞれがプレゼンテーションを行っているようなものだ。 そういう状況でパネリストA氏がパネリストB氏に対して「Bさんはスノッブだ。鼻持ちならない。若い人はこういうのにだまされてはだめだ」と言えば、これはBさんに対する人格攻撃である。B氏が「なんだと!」と反論すれば、壇上でのけんかになっていただろう。しかしBさんは大人だから「鼻持ちならないっていわれたのは初めてかも。ハハハ」と軽く流した。Bさんが反論しないものだから、会場を埋め尽くしていたBさんファンから「ちょっと待った。Aさん、あなたBさんにあやまるべきだ」といった抗議の声が上がった。こういう構図だろう。 もし小池編集長がブログをパネル討論会ようなものだとみなしていたら、恐らくこうした発言はしなかっただろう。わたしは小池さんとは面識がないが、文章からみて非常に紳士的な方だろうと推測する。そういう方は、パネル討論会で人格攻撃はしないし、失言したことに気づけばすぐに謝るだろう。誠意を込めて謝れば、B氏も許してくれるし、B氏のファンの騒ぎも収まるだろう。 繰り返すが、共同通信の試みは非常に重要なことである。一般大衆との良好なコミュニケーションなしに商業ジャーナリズムの明日はない、とさえ私は考える。 今回のことに懲りず、ブログを再開していただきたい。また他の報道機関も大衆とのコミュニケーションをあきらめることのないようにしてもらいたい。 ■
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2004年 08月 02日
ライブドアのブログサイト上で開設されている共同通信編集委員室のブログ署名で書く記者の「ニュース日記」が大変なことになっている。以下は問題となっている書き込みからの抜粋。
この日記のBlog版が載っているlivedoor Blogというサイトの「社長日記」というコラムだ。(株)ライブドアCEOの堀江という人が毎日書いていて、本人の写真も載っている。内容はといえば「トータルワークアウト」(清原選手や千代大海がやっているフィットネスだろう)をやって筋肉がどうなったの、上海に行って何を食ったの、マッサージがどうの、映画や芝居を見てどうだったのだ。 これを読んでわたしは「ふーん、そういう風に感じる人もいるんだ」程度の感想しか持たなかったが、これを書いている時点で共同通信編集委員室のブログにコメントが144件も寄せられている。ネットで言うところの「お祭り」が起こっているわけだ。 ざっと目を通したが批判的なものがほとんど。どうやら共同通信という看板を掲げた上でのライブドアの社長批判ということが、多くの読者の気に障ったようだ。 現時点でこうした批判に対する釈明はないのだが、このことに対しても「なぜ無視するのか」といった批判が多く寄せられている。それ以降の書き込みに対しても批判的なコメントが続いており、今のところ事態が収集する兆しはない。 なぜこのようなことが起こるのだろうか。共同通信の看板を掲げなければよかったのか。ライブドア堀江社長の書き込みが雑誌のコラムであれば、批判してもよかったのだろうか。ネットユーザーのマスコミ嫌いは根深く、マスコミ人の発言はすべて批判されるのだろうか。 報道機関はどのような形でブログを始めとする個人の情報発信と付き合えばいいのだろうか。残念ながらわたし自身まだ答えを見出せていない。ある程度考えがまとまれば、またこの場で発表したい。 ■
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