2005年 05月 15日
既存メディアVS新興メディア |
EPIC2014はその予測を次のような一文で結んでいる。
果たしてEPICのように情報技術を駆使した参加型ジャーナリズムの新メディアが既存メディアを凌駕するようになるのだろうか。既存メディアはニッチ市場に追いやられるのだろうか。
その答えは現時点で必ずしも明らかでないと思う。今後の技術革新のスピードや、それに対する既存メディアの対応能力によって、今後のシナリオは大きく変わるのではなかろうか。
既存メディアと新興メディアの関係は、計画経済と自由経済の関係、もしくはマイクロソフトの基本ソフト「ウィンドウズ」と「リナックス」の関係に似ているような気がする。
既存メディアを計画経済にたとえるだけでマスコミ関係者からはお叱りを受けそうだが、情報財をよりよく伝達する方法の探究という経済学的な考え方をメディア論に応用することも可能ではなかろうか。事実、 国際基督教大学社会科学研究所研究員の山口浩さんが、ブログH-Yamaguchi.netの「情報財の計画経済と市場経済」というエントリーで、経済学的な考察を行っている。
山口さんほど系統立って考えていたわけではないが、わたしも漠然と同じようなことを思っていた。計画経済は国家が経済のかなりの部分を制御する。無駄がないのが利点だが、その分、社会の活力がそがれる感じがある。一方で自由経済は、無駄は多いが活力がある。どちらのほうが優れた仕組みなのだろうか。これまでの歴史では、自由主義経済に軍配が上がった形になっている。しかし米国流の自由経済が最も優れた仕組みかどうかといえば、異論があるところだろう。日本は自由経済をベースにしながらも、計画経済的な側面も持つ。来日した中国現代研究所の研究者からは「日本は中国より社会主義だ」といわれたことがある。
同様に既存メディアが参加型ジャーナリズムを部分的に取り入れたり、新興メディアが既存メディアの仕組みを一部引き継ぐというシナリオもあるのかもしれない。
一方「ウィンドウズ」と「リナックス」の例えのほうだが、「ウィンドウズ」は、マイクロソフトがその潤沢な資金力を使って世界中の優秀な技術者を雇い入れることで、競争力を維持しているソフト。一方でマイクロソフトの市場独占の現状に感心しない世界中の技術者が、インターネットを通じて協力し合って作ったのが「リナックス」。
「ウィンドウズ」の利点は、1つの思想に基づいて作られているので統一感があること、問題があればマイクロソフトの責任を問えること。「リナックス」の利点は、世界中の技術者がボランティアとして開発に協力したので基本的に無償で入手できること、ユニークな発想に基づく機能が追加される可能性があることなど。一方で責任の所在が明確でないという問題がある。
現状は「ウィンドウズ」の牙城を「リナックス」が切り崩しつつあるというところか。しばらくは両ソフトは共存するだろうが、「ウィンドウズ」に対するユーザーの不満は「リナックス」の改良作業の原動力になる。不満が高まれば「リナックス」の改良は急ピッチで進むだろうし、不満がなくなれば「リナックス」を盛り上げる気運も低下するだろう。
同様に既存メディアに対する不満が新興メディアの原動力になるだろう。既存メディアが市民側の立場を再確認し、市民の声を反映させる「仲介者(メディア)」の役割を果たすことができれば、既存メディアが傍流に追いやられることもないだろう。
またどちらか一方が他方を必ず駆逐するということではなく、共存する可能性もあるように思う。
ただ、米国のようなブログジャーナリズムも、韓国オーマイニュースのような市民記者ジャーナリズムも、日本では大きな影響力を持つまでに成長することはないのかも・・・。最近はそういう思いのほうが強くなってきている。
追記:
和さま、コメントありがとうございます。おっしゃる通り、epic2014は徹底した情報管理社会への警鐘がテーマだと思います。あちらこちらにジョージ・オーウェルの小説「1984年」に関連するヒントが埋め込まれていますしね。
それと一見、市民参加型ジャーナリズムではありますが、パソコンなどの情報機器を持たない人は参加できないわけで・・・。かえってデジタルデバイドが進むわけですね。
あと「しかし、ほかにも進むべき道は、おそらくあっただろう」って台詞、聞き返しましたが確かにないですね。2、3カ月前に新バージョンのepic 2014がリリースされるという話を聞いたことがあります。恐らく今のは新バージョンなのでしょう。
旧バージョンのtranscriptはここにあります。そこには次のように書かれています。
黒崎さんの指摘を受けて、社会主義経済に例える部分を修正しました。黒崎さん、ありがとう。
2014年の現在、ニューヨーク・タイムズ紙は、グーグルゾンの支配に対する精一杯の抵抗として、オフラインとなった。タイムズ紙は、エリート層と高齢者向けに紙媒体のみを提供するようになる。しかし、ほかにも進むべき道は、おそらくあっただろう
果たしてEPICのように情報技術を駆使した参加型ジャーナリズムの新メディアが既存メディアを凌駕するようになるのだろうか。既存メディアはニッチ市場に追いやられるのだろうか。
その答えは現時点で必ずしも明らかでないと思う。今後の技術革新のスピードや、それに対する既存メディアの対応能力によって、今後のシナリオは大きく変わるのではなかろうか。
既存メディアと新興メディアの関係は、計画経済と自由経済の関係、もしくはマイクロソフトの基本ソフト「ウィンドウズ」と「リナックス」の関係に似ているような気がする。
既存メディアを計画経済にたとえるだけでマスコミ関係者からはお叱りを受けそうだが、情報財をよりよく伝達する方法の探究という経済学的な考え方をメディア論に応用することも可能ではなかろうか。事実、 国際基督教大学社会科学研究所研究員の山口浩さんが、ブログH-Yamaguchi.netの「情報財の計画経済と市場経済」というエントリーで、経済学的な考察を行っている。
山口さんほど系統立って考えていたわけではないが、わたしも漠然と同じようなことを思っていた。計画経済は国家が経済のかなりの部分を制御する。無駄がないのが利点だが、その分、社会の活力がそがれる感じがある。一方で自由経済は、無駄は多いが活力がある。どちらのほうが優れた仕組みなのだろうか。これまでの歴史では、自由主義経済に軍配が上がった形になっている。しかし米国流の自由経済が最も優れた仕組みかどうかといえば、異論があるところだろう。日本は自由経済をベースにしながらも、計画経済的な側面も持つ。来日した中国現代研究所の研究者からは「日本は中国より社会主義だ」といわれたことがある。
同様に既存メディアが参加型ジャーナリズムを部分的に取り入れたり、新興メディアが既存メディアの仕組みを一部引き継ぐというシナリオもあるのかもしれない。
一方「ウィンドウズ」と「リナックス」の例えのほうだが、「ウィンドウズ」は、マイクロソフトがその潤沢な資金力を使って世界中の優秀な技術者を雇い入れることで、競争力を維持しているソフト。一方でマイクロソフトの市場独占の現状に感心しない世界中の技術者が、インターネットを通じて協力し合って作ったのが「リナックス」。
「ウィンドウズ」の利点は、1つの思想に基づいて作られているので統一感があること、問題があればマイクロソフトの責任を問えること。「リナックス」の利点は、世界中の技術者がボランティアとして開発に協力したので基本的に無償で入手できること、ユニークな発想に基づく機能が追加される可能性があることなど。一方で責任の所在が明確でないという問題がある。
現状は「ウィンドウズ」の牙城を「リナックス」が切り崩しつつあるというところか。しばらくは両ソフトは共存するだろうが、「ウィンドウズ」に対するユーザーの不満は「リナックス」の改良作業の原動力になる。不満が高まれば「リナックス」の改良は急ピッチで進むだろうし、不満がなくなれば「リナックス」を盛り上げる気運も低下するだろう。
同様に既存メディアに対する不満が新興メディアの原動力になるだろう。既存メディアが市民側の立場を再確認し、市民の声を反映させる「仲介者(メディア)」の役割を果たすことができれば、既存メディアが傍流に追いやられることもないだろう。
またどちらか一方が他方を必ず駆逐するということではなく、共存する可能性もあるように思う。
ただ、米国のようなブログジャーナリズムも、韓国オーマイニュースのような市民記者ジャーナリズムも、日本では大きな影響力を持つまでに成長することはないのかも・・・。最近はそういう思いのほうが強くなってきている。
追記:
和さま、コメントありがとうございます。おっしゃる通り、epic2014は徹底した情報管理社会への警鐘がテーマだと思います。あちらこちらにジョージ・オーウェルの小説「1984年」に関連するヒントが埋め込まれていますしね。
それと一見、市民参加型ジャーナリズムではありますが、パソコンなどの情報機器を持たない人は参加できないわけで・・・。かえってデジタルデバイドが進むわけですね。
あと「しかし、ほかにも進むべき道は、おそらくあっただろう」って台詞、聞き返しましたが確かにないですね。2、3カ月前に新バージョンのepic 2014がリリースされるという話を聞いたことがあります。恐らく今のは新バージョンなのでしょう。
旧バージョンのtranscriptはここにあります。そこには次のように書かれています。
Today in 2014 the New York Times has gone offline, in feeble protest to Googlezon’s hegemony.The times has become a print only newsletter for the elite and the elderly.
But perhaps there was another way.
黒崎さんの指摘を受けて、社会主義経済に例える部分を修正しました。黒崎さん、ありがとう。
by tsuruaki_yukawa
| 2005-05-15 08:02

