2005年 11月 04日
EPIC2014が暗示するジャーナリズムの未来 |
▼EPIC2014が暗示するジャーナリズムの未来
メディアが変貌する中で、ジャーナリズムはどのように変化していくのだろうか。ここでもやはりこの本のこれまでの手法である「まず究極の姿を想定する」というやり方で進めたい。
ジャーナリズムの究極の姿はどのようなものになるのだろうか。実はその姿を想定し8分ほどのショートムービーにまとめたものがある。「EPIC2014」というのがそのタイトルで、米フロリダ州にあるジャーナリスト向けの非営利教育機関、ポインター研究所出身のロビン・スローン氏とマット・トンプソン氏が製作した。
このショートムービーはネット上で公開されており、2004年秋ごろからネット上で大きな話題となった。内容は、検索大手のグーグルが書籍など販売大手のアマゾンと合併して巨大ネットメディアに成長し、ニューヨークタイムズなどの既存メディアを傍流に追いやるという大胆な未来予測だ。2004年秋以降に米国で新聞社などの既存メディアによるネット企業の買収が相次いだが、このショートムービーの影響があったのではないかとうわさされている。
ナレーションの全文をITジャーナリストの長野弘子さんが翻訳しネット上に公開してくれている。それを解説することで、このショートムービーの究極の未来予測を読み解いてみよう。
まずこのショートムービーは2004年に制作されたものなので、ショートムービーの中に出てくる2004年までの出来事は、実際に起こったものだ。そして2005年以降の出来事は二人の製作者の空想である。
レコメンデーションとは推薦するという意味。アマゾンで一度でも本を買うと、購買履歴としてそのデータがアマゾンの顧客データベースの中に格納される。この購買履歴を基に同じような本が出版されればメールで知らせてくれる。アマゾンのサイト上で本の情報を調べていると、「この本を買った人はほかにはこんな本を買っています」として同じようなテーマの本を紹介してくれる。このように顧客の嗜好を認識し、それにあった商品を勧めてくれる仕組みをレコメンデーション・エンジンもしくはレコメンデーション・システムと呼ぶ。アマゾンは、レコメンデーション・システムを電子商取引に取り入れて成功した最初の企業だ。
「ブロガー」はパイラ・ラボ社というソフトメーカーが開発、運営するブログホスティングサイト。日本でいうとニフティの「ココログ」や、ライブドアの「ライブドアブログ」のようなものだ。
検索技術の会社が、なぜブログホスティングサイトを買収するのか。当時、多くの業界関係者の間にとって、この買収は不可解なものだった。今でもグーグルの真の目的は明らかでない。
グーグルはまたGメールという無料ウェブメールサービスも始めた。普通のメールソフトはユーザーのパソコン上にプログラムが搭載されており、やりとりしたメールはすべてパソコン上に記録される。ウェブメールはネット上のウェブメールサイトにアクセスし自分のID、パスワードを入力してから使う。使用するプログラムはそのサイトのコンピューター上に搭載されてえいるし、やりとりしたメールはすべてそのサイトのコンピューター上に記録される。
Gメールは、2ギガ以上の莫大な記憶容量を持つ。スタート当初は1ギガだったが、その後2ギガに増量。今後も増え続けるのだろう。2ギガもあれば、人によっては何年分、何十年分のメールを保存することができる。その上グーグルの検索技術を使うから、過去メールの検索も一瞬でできる。しかも無料。
確かにメールの横に小さな文章広告を表示するので広告収入を得ることはできるのだが、それでもどうしてグーグルはメールサービスに乗り出したのだろうか。
さてEPIC2014の2004年の途中以降は、製作者二人の予測というより空想だ。
Tivoというのは、デジタルビデオレコーディングのサービス。日本でもパナソニックの「Diga」やソニーの「すご録」などのデジタルビデオレコーダーが人気だが、オンライン番組表とレコーダー本体のレンタルを組み合わせたサービスで、急成長したのがTivo社だ。
フレンドスターは、オインラインコミュニティーの1種であるソーシャルネットワーキング(SNS)の草分け的存在。SNSは、ブログやメール、掲示板などあらゆるコミュニケーションツールを搭載し、友人の友人と友人関係を結ぶなどして人間関係を広げていけるサービス。米国版の出会い系サイトと形容されることもあるが、仕事関係の人脈開発など前向きな理由で使われることが多い。
ネット上がユーザー個人が発信する情報であふれかえるようになった時点で、グーグルはすべてのサービスを「グーグル・グリッド」と呼ばれるサービスに統合する、という予測だ。ヤフーのマイページのようなものと想定してもいいのかもしれない。マイページを通じてメールを送受信し、ブログを書き、ニュースを読み、テレビ番組を見る。それぞれの情報は公開レベルの設定が可能。昨日の日記は一般公開、今日の日記は友人だけ閲覧可能に設定し、お気に入りのテレビ番組リストは一般公開し、同じ番組を見た他のユーザーとの意見交換を楽しむ・・・。そんなサービスなのだろう。
ニュースを中心としたコミュニティーサービスというイメージだろうか。現在でも一部ポータルでは、リアルタイムで変動し続けるニュースのアクセスランキングを掲載したり、ボタン1つでニュース記事を基にブログを書けるようになっていたりする。「ニュースボットスター」はこれを一歩進め、「友人関係」を設定したユーザーの間でのアクセスランキングやニュースを基にした議論ができるようになっている。SNS的な要素を取り入れるということなのだろう。
「参加型ジャーナリズムのプラットホーム」とあるので、市民記者やブログ・ジャーナリスト的な動きをするユーザーたちが、ニュース記事を書いたりもするのだろう。
20世紀のメディアは「見る、読む、聞くメディア」で、広告とカップリングすることで産業を形成し、21世紀のメディアは「つながるメディア」に変貌し、物販とカップリングすることで産業を形成する、と書いた。「EPIC2014」の製作者二人も、同様の未来を思い描いているのだろうか。巨大メディアとなったグーグルは、巨大物販業者アマゾンと一体化する、という大胆な予測を打ち出した。ユーザーに関する個人情報をデータベースがすべて把握し、その情報に基づいてニュースなどのコンテンツが配信され、広告が表示される。広告から1クリックで物販ページに移り商品購入が完了してしまう。便利だが、なんだか不気味な世界ではある。
ニュース記事は、報道機関のニュース原稿に加え、企業や行政機関などの発表記事や、フリーのジャーナリストの記事、ブログの記事などを収集し、加工し、ユーザー一人ひとりの属性にしたがってパッケージ化されたものを配信していくという仕組みになるのだろう。
製作者二人がポインター研究所出身だけあって、新聞関係者の習性はよく分かっているようだ。わたしはこれまで、この「EPIC2014」を何百人という新聞関係者に見せてきた。多くの新聞関係者の反応は「ユーザーが作りだすコンテンツ?発表文?そんなものニュースじゃない」というものだった。「ニュースはプロの記者が足を使って探し出し、書き上げたもの」という認識の人にとって、「マイクロソフト・ニュースボットスター」や「グーグル・グリッド」のようなデータベース、コンピューターが作り上げるニュースは、「ニュースではない」「ジャーナリズムではない」ということになるのだと思う。そういう認識であれば、「ニュースボットスター」と「グーグル・グリッド」の戦いは、ジャーナリストにとって無縁のものであり、「ニュース戦争?ご勝手にどうぞ」ということになると思う。
「あらゆる情報ソースから」というのは当然、新聞記事も含まれる。新聞記事やら発表文やらブログの解説やらを一つの記事ににまとめてあげる。これは明らかに著作権を侵害しているとニューヨークタイムズは考えたわけだが、最高裁の答えは「合法」ということだ。まあこれは予測というか空想なので、実際には法的なところは明らかではない。
わたし自身「グーグル・グリッド」と「EPIC」の違いがよく分からない。多分より進化し洗練されたものになった、ということなのだと思う。携帯電話のカメラで撮った写真やビデオなども入っている。「完全取材」というのは、人によって取材し、執筆した記事、ということなのだろう。この「完全取材」をするのは、アマチュアのブロガーかもしれないし、フリーのライターかもしれない。編集プロダクションかもしれないし、報道機関かもしれない。つまり既存の報道機関に代わってEPICがニュース配信のプラットホーム、ハブになった、ということだ。既存の報道機関は、EPICにニュースを配信するコンテンツ提供者、通信社のような立場になる。
ここは興味深いところ。ニュースの優先順位をつけるという作業が、機械ではなく人手で行うということだ。どこまで行っても記事の価値判断は人のほうがうまくできる、ということなのだろうか。
報道機関という組織に代わってフリーランスの個人が、その判断能力に対価を受けるようになる、という考え方もおもしろい。
判断能力のある個人に人気が集まるということは、実は既に始まっている。人気ブログの中には、ブロガー自身がおもしろいと思ったニュースを集めただけのものもある。ソーシャルブックマークという仕組みは、おもしろいと思ったウェブページのリストを一般に公開するというものだが、自分の趣味嗜好に合ったユーザーのソーシャルブックマークのアラート機能を通じて新しい情報を収集する人も増えている。これは他のユーザーが自分に代わっておもしろい情報を求めてネット上を探し回ってくれるようなものだ。
EPICのことをよく言えば「世界の要約」、悪く言えば「ささいな情報の単なる寄せ集め」ということなのだろう。
公共性の問題や、ジャーナリズムの使命、などといったことが、一切議論されずに、技術革新が先に進んでしまう、ということだ。
新聞社はいずれ電子メディア事業に軸足を移し紙の事業から撤退するという予測もあるが、「EPIC2014」は反対にニューヨークタイムズが「紙」という本業に回帰すると予測する。ただそのときに紙の事業はニッチ市場向けの事業になっている。ニュース事業の中心は、EPICが押さえることになるということだ。
epic2014(日本語訳長野弘子氏)
http://blog.digi-squad.com/archives/000726.html
著者注:間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。参考「本を書きます」
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
メディアが変貌する中で、ジャーナリズムはどのように変化していくのだろうか。ここでもやはりこの本のこれまでの手法である「まず究極の姿を想定する」というやり方で進めたい。
ジャーナリズムの究極の姿はどのようなものになるのだろうか。実はその姿を想定し8分ほどのショートムービーにまとめたものがある。「EPIC2014」というのがそのタイトルで、米フロリダ州にあるジャーナリスト向けの非営利教育機関、ポインター研究所出身のロビン・スローン氏とマット・トンプソン氏が製作した。
このショートムービーはネット上で公開されており、2004年秋ごろからネット上で大きな話題となった。内容は、検索大手のグーグルが書籍など販売大手のアマゾンと合併して巨大ネットメディアに成長し、ニューヨークタイムズなどの既存メディアを傍流に追いやるという大胆な未来予測だ。2004年秋以降に米国で新聞社などの既存メディアによるネット企業の買収が相次いだが、このショートムービーの影響があったのではないかとうわさされている。
ナレーションの全文をITジャーナリストの長野弘子さんが翻訳しネット上に公開してくれている。それを解説することで、このショートムービーの究極の未来予測を読み解いてみよう。
まずこのショートムービーは2004年に制作されたものなので、ショートムービーの中に出てくる2004年までの出来事は、実際に起こったものだ。そして2005年以降の出来事は二人の製作者の空想である。
1994年、アマゾン・コムが設立される。若き創設者の夢は、すべてを売ることだった。のちにインターネット販売の標準になるアマゾンのモデルは、店が個人のお勧め商品を自動的に教えてくれるレコメンデーション・システムの上に成り立っている。
レコメンデーションとは推薦するという意味。アマゾンで一度でも本を買うと、購買履歴としてそのデータがアマゾンの顧客データベースの中に格納される。この購買履歴を基に同じような本が出版されればメールで知らせてくれる。アマゾンのサイト上で本の情報を調べていると、「この本を買った人はほかにはこんな本を買っています」として同じようなテーマの本を紹介してくれる。このように顧客の嗜好を認識し、それにあった商品を勧めてくれる仕組みをレコメンデーション・エンジンもしくはレコメンデーション・システムと呼ぶ。アマゾンは、レコメンデーション・システムを電子商取引に取り入れて成功した最初の企業だ。
2003年、グーグルはブロガーを買収。グーグルの計画は謎だったが、彼らがブロガーに興味を持ったのには理由がある。
「ブロガー」はパイラ・ラボ社というソフトメーカーが開発、運営するブログホスティングサイト。日本でいうとニフティの「ココログ」や、ライブドアの「ライブドアブログ」のようなものだ。
検索技術の会社が、なぜブログホスティングサイトを買収するのか。当時、多くの業界関係者の間にとって、この買収は不可解なものだった。今でもグーグルの真の目的は明らかでない。
グーグルはまたGメールという無料ウェブメールサービスも始めた。普通のメールソフトはユーザーのパソコン上にプログラムが搭載されており、やりとりしたメールはすべてパソコン上に記録される。ウェブメールはネット上のウェブメールサイトにアクセスし自分のID、パスワードを入力してから使う。使用するプログラムはそのサイトのコンピューター上に搭載されてえいるし、やりとりしたメールはすべてそのサイトのコンピューター上に記録される。
Gメールは、2ギガ以上の莫大な記憶容量を持つ。スタート当初は1ギガだったが、その後2ギガに増量。今後も増え続けるのだろう。2ギガもあれば、人によっては何年分、何十年分のメールを保存することができる。その上グーグルの検索技術を使うから、過去メールの検索も一瞬でできる。しかも無料。
確かにメールの横に小さな文章広告を表示するので広告収入を得ることはできるのだが、それでもどうしてグーグルはメールサービスに乗り出したのだろうか。
さてEPIC2014の2004年の途中以降は、製作者二人の予測というより空想だ。
グーグルは、新たな資本をもとに大規模な買収を行う。グーグル、TiVoを買収する。
2005年 ー グーグルの動きに呼応して、マイクロソフトはフレンドスターを買収。
Tivoというのは、デジタルビデオレコーディングのサービス。日本でもパナソニックの「Diga」やソニーの「すご録」などのデジタルビデオレコーダーが人気だが、オンライン番組表とレコーダー本体のレンタルを組み合わせたサービスで、急成長したのがTivo社だ。
フレンドスターは、オインラインコミュニティーの1種であるソーシャルネットワーキング(SNS)の草分け的存在。SNSは、ブログやメール、掲示板などあらゆるコミュニケーションツールを搭載し、友人の友人と友人関係を結ぶなどして人間関係を広げていけるサービス。米国版の出会い系サイトと形容されることもあるが、仕事関係の人脈開発など前向きな理由で使われることが多い。
2006年 ーグーグルはサービスのすべてを統合する。同社は、TiVo、ブロガー、Gメール、グーグルニュース、そして検索関連のすべてを統合し、あらゆる種類のメディアを保存・共有するための無限大のストレージ容量と帯域幅を提供する万能プラットフォーム「グーグル・グリッド」を発表。常時つながっており、どこからでもアクセスできる。各自でプライバシー保護レベルを設定し、コンテンツを安全に保存したり、外部に公開することができる。誰にとっても、メディアを作り出すと同時に消費することがこれほど簡単にできたことはなかった。
ネット上がユーザー個人が発信する情報であふれかえるようになった時点で、グーグルはすべてのサービスを「グーグル・グリッド」と呼ばれるサービスに統合する、という予測だ。ヤフーのマイページのようなものと想定してもいいのかもしれない。マイページを通じてメールを送受信し、ブログを書き、ニュースを読み、テレビ番組を見る。それぞれの情報は公開レベルの設定が可能。昨日の日記は一般公開、今日の日記は友人だけ閲覧可能に設定し、お気に入りのテレビ番組リストは一般公開し、同じ番組を見た他のユーザーとの意見交換を楽しむ・・・。そんなサービスなのだろう。
2007年 ーマイクロソフトは、グーグルの増大する挑戦に対して、ソーシャル・ニュース・ネットワークおよび参加型ジャーナリズムのためのプラットフォーム「ニュースボットスター」を発表。ニュースボットスターは、ユーザーの友人や同僚が何を読んでいるか、見ているかを基準にニュースの順位づけや選別を行い、仲間が見ているものに対して誰もが自由にコメントできる。
ニュースを中心としたコミュニティーサービスというイメージだろうか。現在でも一部ポータルでは、リアルタイムで変動し続けるニュースのアクセスランキングを掲載したり、ボタン1つでニュース記事を基にブログを書けるようになっていたりする。「ニュースボットスター」はこれを一歩進め、「友人関係」を設定したユーザーの間でのアクセスランキングやニュースを基にした議論ができるようになっている。SNS的な要素を取り入れるということなのだろう。
「参加型ジャーナリズムのプラットホーム」とあるので、市民記者やブログ・ジャーナリスト的な動きをするユーザーたちが、ニュース記事を書いたりもするのだろう。
2008年は、マイクロソフトの野望に挑戦する提携が生まれる。グーグルとアマゾンが合併し、グーグルゾンが設立。グーグルは、グーグル・グリッドと最高の検索技術を、アマゾンはソーシャル・レコメンデーション・エンジンと巨大な商業インフラを提供し、1人ひとりの人間関係、属性、消費行動、また趣味に関する詳細なナレッジを把握することで、コンテンツ、そして広告の包括的なカスタマイズを実現する。
20世紀のメディアは「見る、読む、聞くメディア」で、広告とカップリングすることで産業を形成し、21世紀のメディアは「つながるメディア」に変貌し、物販とカップリングすることで産業を形成する、と書いた。「EPIC2014」の製作者二人も、同様の未来を思い描いているのだろうか。巨大メディアとなったグーグルは、巨大物販業者アマゾンと一体化する、という大胆な予測を打ち出した。ユーザーに関する個人情報をデータベースがすべて把握し、その情報に基づいてニュースなどのコンテンツが配信され、広告が表示される。広告から1クリックで物販ページに移り商品購入が完了してしまう。便利だが、なんだか不気味な世界ではある。
ニュース記事は、報道機関のニュース原稿に加え、企業や行政機関などの発表記事や、フリーのジャーナリストの記事、ブログの記事などを収集し、加工し、ユーザー一人ひとりの属性にしたがってパッケージ化されたものを配信していくという仕組みになるのだろう。
2010年のニュース戦争は、実際のニュース機関が参加しなかったという点が特筆すべきだ。
製作者二人がポインター研究所出身だけあって、新聞関係者の習性はよく分かっているようだ。わたしはこれまで、この「EPIC2014」を何百人という新聞関係者に見せてきた。多くの新聞関係者の反応は「ユーザーが作りだすコンテンツ?発表文?そんなものニュースじゃない」というものだった。「ニュースはプロの記者が足を使って探し出し、書き上げたもの」という認識の人にとって、「マイクロソフト・ニュースボットスター」や「グーグル・グリッド」のようなデータベース、コンピューターが作り上げるニュースは、「ニュースではない」「ジャーナリズムではない」ということになるのだと思う。そういう認識であれば、「ニュースボットスター」と「グーグル・グリッド」の戦いは、ジャーナリストにとって無縁のものであり、「ニュース戦争?ご勝手にどうぞ」ということになると思う。
グーグルゾンはついに、ソフトウエア巨人のマイクロソフトも対抗できない手を打ってきた。新アルゴリズムを使い、グーグルゾンのコンピュータは、あらゆる情報ソースから事実や文章を抜き出して、それらをふたたび組み合わせることで、新しい記事を動的に作り出す。コンピュータが、各人に向けて記事を書くのだ。
2011年、眠れる第四の権力は、最初で最後の抵抗をするために目をさます。ニューヨーク・タイムズ・カンパニーは、グーグルゾンの事実抽出ロボットが著作権法に違反するとして、同社を提訴する。この裁判は最高裁まで進み、2011年8月4日、グーグルゾンは勝訴する。
「あらゆる情報ソースから」というのは当然、新聞記事も含まれる。新聞記事やら発表文やらブログの解説やらを一つの記事ににまとめてあげる。これは明らかに著作権を侵害しているとニューヨークタイムズは考えたわけだが、最高裁の答えは「合法」ということだ。まあこれは予測というか空想なので、実際には法的なところは明らかではない。
2014年3月9日、グーグルゾンは「EPIC」を公開。
我々の世界へようこそ。
この"進化型パーソナライズ情報構築網(EPIC)"は、雑多で混沌としたメディア空間を選別し、秩序立て、そして情報配信するためのシステムである。ブログの書き込みから携帯カメラの画像、映像レポート、そして完全取材にいたるまで、誰もが貢献するようになり、その多くが対価を得るようになる。記事の人気度により、グーグルゾンの巨額の広告収入のごく一部を得るのだ。
わたし自身「グーグル・グリッド」と「EPIC」の違いがよく分からない。多分より進化し洗練されたものになった、ということなのだと思う。携帯電話のカメラで撮った写真やビデオなども入っている。「完全取材」というのは、人によって取材し、執筆した記事、ということなのだろう。この「完全取材」をするのは、アマチュアのブロガーかもしれないし、フリーのライターかもしれない。編集プロダクションかもしれないし、報道機関かもしれない。つまり既存の報道機関に代わってEPICがニュース配信のプラットホーム、ハブになった、ということだ。既存の報道機関は、EPICにニュースを配信するコンテンツ提供者、通信社のような立場になる。
新世代のフリーランス編集者が次々と生まれ、人々はEPICのコンテンツを選別し優先順位をつけるという能力を売るようになる。私たちのすべては多くの編集者を購読するようになる:EPICでは、彼らが選んだ記事を好きなように組み合わせることができる。
ここは興味深いところ。ニュースの優先順位をつけるという作業が、機械ではなく人手で行うということだ。どこまで行っても記事の価値判断は人のほうがうまくできる、ということなのだろうか。
報道機関という組織に代わってフリーランスの個人が、その判断能力に対価を受けるようになる、という考え方もおもしろい。
判断能力のある個人に人気が集まるということは、実は既に始まっている。人気ブログの中には、ブロガー自身がおもしろいと思ったニュースを集めただけのものもある。ソーシャルブックマークという仕組みは、おもしろいと思ったウェブページのリストを一般に公開するというものだが、自分の趣味嗜好に合ったユーザーのソーシャルブックマークのアラート機能を通じて新しい情報を収集する人も増えている。これは他のユーザーが自分に代わっておもしろい情報を求めてネット上を探し回ってくれるようなものだ。
最高の状態では、EPICは、見識のある読者に向けて編集された、より深く、より幅広く、より詳細にこだわった世界の要約といえる。
しかし、最悪の場合、多くの人にとって、EPICはささいな情報の単なる寄せ集めになる。
その多くが真実ではなく、狭く浅く、そして扇情的な内容となる。
EPICのことをよく言えば「世界の要約」、悪く言えば「ささいな情報の単なる寄せ集め」ということなのだろう。
しかし、EPICは、私たちが求めたものであり、選んだものである。そして、その商業的な成功は、報道倫理のためのメディアと民主主義をめぐる議論が起こる前に実現した。
公共性の問題や、ジャーナリズムの使命、などといったことが、一切議論されずに、技術革新が先に進んでしまう、ということだ。
2014年の現在、ニューヨーク・タイムズ紙は、グーグルゾンの支配に対する精一杯の抵抗として、オフラインとなった。
タイムズ紙は、エリート層と高齢者向けに紙媒体のみを提供するようになる。
新聞社はいずれ電子メディア事業に軸足を移し紙の事業から撤退するという予測もあるが、「EPIC2014」は反対にニューヨークタイムズが「紙」という本業に回帰すると予測する。ただそのときに紙の事業はニッチ市場向けの事業になっている。ニュース事業の中心は、EPICが押さえることになるということだ。
epic2014(日本語訳長野弘子氏)
http://blog.digi-squad.com/archives/000726.html
著者注:間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。参考「本を書きます」
このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
by tsuruaki_yukawa
| 2005-11-04 08:18
| 本の原稿