2005年 12月 20日
ロングテール的考察 |
▼ロングテール的考察
既存メディアと新興メディアの関係を考える上で、ロングテールの理論を応用するのもいいかもしれない。
このロングテールというのは、直訳すれば「長い尻尾」ということ。ヒット商品の売り上げの推移をグラフにすると、左右対称の釣鐘の形をしたカーブになるのが普通。最初はゆっくりと売れ始め、ある時点から加速度的に売れ始める。そして頂点に達したあとは、今度は次第に売れなくなる。売り上げが伸びている局面の加速度的な伸び方と、売り上げが落ちる局面の加速度的な落ち方を比較すると、逆方向ながら加速度はほぼ同じ。それがインターネット普及以前の商品の売り上げのごく一般的な推移の形だった。
ところがインターネット普及後は、この形に変化が起こった。売れ初めから頂点に達するまでのカーブは同じようなものなのだが、頂点に達してから売れなくなるまでが非常に長く緩やかなカーブになったのだ。つまり次第に売れ行きは落ちるものの、いつまでも長く細々と売れ続けるようになった。
売り上げ推移をグラフにすると、左右対称の釣鐘カーブではなく、右半分が長く緩やかに伸びている。まるで尻尾のように長く。ゆえに、この現象は、ロングテールと呼ばれる。
なぜこのような変化が起きたかというと、インターネットがニッチなニーズへの対応を可能にし、商品の寿命が長くなった、ということが1つある。また商品に関する情報がネットを通じた口コミで伝わるようになったというのがもう1つの理由だろう。マスメディアが取り扱わなくなったあとでも、ネット上の口コミ情報を基にした商品購入が長く続くようになったのだ。
この概念を提唱したのが、米有力誌ワイヤードのクリス・アンダーソン編集長。同編集長が書いたワイヤード誌の「ザ・ロング・テール」という記事には、この概念のことが詳しく書かれている。
その例として挙げられているのが、「タッチング・ザ・ボイド」という本。この本は、英国の登山家ジョー・シンプソン氏がアンデス山脈での登山事故のことを書いたもので、1988年に発売された。当時、この本を絶賛する書評は幾つかあったが、実際にはほとんど売れなかったという。ところが10年後にブームが起こり、文庫版の「タッチング・ザ・ボイド」は14週間連続でニューヨークタイムズのベストセラーリストに載った。
何が起こったのか。
同じような登山事故を取り上げたジョン・クラクアー著「インツー・シン・エアー」のヒットの相乗効果だったという。相乗効果を起こしたのが、ネット書店アマゾン・ドット・コムの「この本を買った人はこんな本も買っています」のコーナー。ユーザーの購買履歴のデータベースから自動生成されるコーナーだ。「インツー・シン・エアー」の紹介ベージの同コーナーには「この本を買った人はこんな本も買っています」として「タッチング・ザ・ボイド」が表示された。リンクをたどって「タッチング」のページにジャンプしたユーザーは、他のユーザーが書いた書評を読んで「タッチング」を次々と購入していった。そして「タッチングザ・ボイド」の販売部数は「インツー・シン・エアー」の販売部数の2倍にも達したという。
広告やマーケティングなどの既存の販売促進メカニズムとは別のところで、ヒットが生まれたのだ。しかもこのような形のヒットの数が非常に多くなっているという。
アンダーソン編集長はまたロングテールの別の効果にも言及している。2対8の法則の崩壊だ。2対8の法則とは、発売してもヒットするのは、全体の2割の商品だけ、という経験則のことだ。その2割の「売れ筋」が売上全体の8割を占め、一方で8割の「死に筋」を合わせても2割にしかならない、と一般的にいわれている。
ところがアンダーソン編集長によると、ここにきて、この2対8の法則が崩壊し始めたという。
同編集長によると、米国の一般的な書店は13万タイトルの書籍を店頭在庫している。売り場面積の制限があるため、13万タイトルを「売れ筋」と判断し、それ以外の書籍を「死に筋」と判断し店頭販売していないわけだ。
ところがアマゾンには売り場面積の制限はない。一般書店が「死に筋」と判断した書籍まで取り扱うことができる。そしてアマゾンの売上集計結果をみると、13万タイトルの「売れ筋」の売上の総額より、それ以外の「死に筋」の売上の総額の方が大きいという。(実際にはその後の調査で「死に筋」書籍の売り上げは全体の3割程度であることが分かった。過半数には至らないものの、3割という数字は事業者にとって無視できない大きな数字であることに変わりない)
何が起こっているのだろうか。
これまで多くのビジネスは2割のヒットを出すことに人、資金、労力の多くを費やしてきた。残りの8割は費用対コストがあまりにも悪く、ビジネスとして成立しなかったからだ。ヒットを出すにはどうすればいいか。大衆ニーズの最大公約数に合う商品を出すことだった。この結果、どの社から出される商品もみな同じようなものになった。選択肢が狭められ、大衆の画一化が進んだ。
ところが技術革新は、最大公約数から漏れたニーズに対して優れたコストパーフォーマンスで商品を出すことを可能にした。新しい技術や仕組みを使うことで、もともと多様だった大衆のニーズに応えることができるようになったのだ。多様なニーズに効率よく応える仕組みを作った企業が、これからの勝者になるわけだ。
さてそれではこのロングテール現象は、報道という事業にどう当てはまるのだろうか。
最近は取材のきっかけとなる情報をネット上で探す記者が増えている。「ネットを使うような記者はだめ記者だ」という年輩記者の怒りもどこ吹く風で、若い記者は情報源としてネットを多用するようになってきている。わたしのところにも「ブログを読んだ」と言って多くの記者が取材に訪れている。これまでに朝日、読売、毎日、日経を始め、東洋経済、SAPIO、AERA、TBS、フジテレビなど多くの記者の取材を受けた。わたし以外にも、普段は日頃を身辺雑記しか書かないのだが、たまたま経済に関する記事を書いたところ、テレビ局がそれを見つけて、テレビ出演することになったという人がいる。こうしたことを見ても、既存メディアは情報源としてネットを重宝し始めているし、ネット上に出た情報を既存メディアが広く伝えるという構図ができつつあるように思う。
さていったん既存メディアによって広く伝搬された情報は、ネット上でまた議論の対象となる。ここからが、これまでの情報伝搬のあり方と異なるところだ。これまでは既存メディアが取り上げなくなった情報は、次第に人々の脳裏から消えていった。話題の出来事は、釣り鐘型カーブのごとく、既存メディアを通じて人々の話題となり、既存メディアが取り上げなくなった時点で人々の話題から消え去っていくものだった。
ところがネット上では、既存メディアが取り上げなくなったあとでも、長く深く議論され続ける話題がある。災害などの話題もそうだ。既存メディアは災害発生後しばらくは報道を続けるが別の大きな事件事故が発生すれば、別の話題へとそそくさと移る。しかしネット上では被災者やボランティアを中心とした情報発信や議論がいつまでも続いている。既存メディアの報道が終わったからといって、災害被害が終わったわけではないからだ。たとえ必要とする人の数が少なくとも、必要とする人には非常に重要な情報のやりとりがネット上で続けられているのだ。既存メヂィアやブログで発信された情報の受信者の数を縦軸に、時間の推移を横軸に設定した場合、話題としてのピークを過ぎ既存メヂィアが取り上げなくなったあとでも、グラフは細く長く伸びることになる。ロングテールだ。
さて次に2対8の法則をみてみよう。
既存メヂィアが伝えるニュースは、いわば8割の人が必要とする2割の情報だということができる。できるだけ多くの人にとって有意義な情報だけを取りそろえてきたわけだ。一方で2割の大衆が必要とする8割の情報を切り捨ててきたのだと思う。より多くの人に必要な数少ない情報を追求すれば、どの社も横並びで内容は同じ「幕の内弁当」的な情報の取り揃えになりがちだ。
もちろんこれはある程度仕方のないことだと思う。店舗に店舗面積という制約があるように、放送に時間、新聞・雑誌に紙面という制約があり、最大公約数的な特徴のない品揃えにどうしてもなってしまうのだ。
ネット上ではこうした制約がない。重要な情報だが必要としている人数は少ない、という情報でも取り扱うことができる。災害の安否情報は、まさにそういった情報だ。新聞の1面トップを飾るニュースがどれだけ大ニュースであっても、自分の家族、愛する人の安否情報に勝る大ニュースはない。
こうした情報をどう取り込んでいくかが、ネット上のニュースサイトの課題だろう。そのためには技術革新をどう取り込むか、個々人の情報発信をどう取り込むかがカギになると思う。
脚注:米ワイヤード誌「The Long Tail 」
http://www.wired.com/wired/archive/12.10/tail.html
著者注:本として出版するための原稿ですが、未完成なものです。間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。「過去エントリをそのまま記録として残すべきだ」「細かな修正を加えるたびにPINGが飛び、RSSリーダーにほぼ同じ原稿が表示されるので困る」などという意見をいただきましたので、ご意見、ご指摘をいただいても、エントリ自体を修正しないことにしています。ですが、建設的なご指摘、ご意見は、最終原稿に必ず反映させるつもりです。繰り返しになりますが、本エントリは未完成原稿です。引用を希望される場合は、脚注にある原典に当たられることをお勧めします。
参考「本を書きます」

このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
既存メディアと新興メディアの関係を考える上で、ロングテールの理論を応用するのもいいかもしれない。
このロングテールというのは、直訳すれば「長い尻尾」ということ。ヒット商品の売り上げの推移をグラフにすると、左右対称の釣鐘の形をしたカーブになるのが普通。最初はゆっくりと売れ始め、ある時点から加速度的に売れ始める。そして頂点に達したあとは、今度は次第に売れなくなる。売り上げが伸びている局面の加速度的な伸び方と、売り上げが落ちる局面の加速度的な落ち方を比較すると、逆方向ながら加速度はほぼ同じ。それがインターネット普及以前の商品の売り上げのごく一般的な推移の形だった。
ところがインターネット普及後は、この形に変化が起こった。売れ初めから頂点に達するまでのカーブは同じようなものなのだが、頂点に達してから売れなくなるまでが非常に長く緩やかなカーブになったのだ。つまり次第に売れ行きは落ちるものの、いつまでも長く細々と売れ続けるようになった。
売り上げ推移をグラフにすると、左右対称の釣鐘カーブではなく、右半分が長く緩やかに伸びている。まるで尻尾のように長く。ゆえに、この現象は、ロングテールと呼ばれる。
なぜこのような変化が起きたかというと、インターネットがニッチなニーズへの対応を可能にし、商品の寿命が長くなった、ということが1つある。また商品に関する情報がネットを通じた口コミで伝わるようになったというのがもう1つの理由だろう。マスメディアが取り扱わなくなったあとでも、ネット上の口コミ情報を基にした商品購入が長く続くようになったのだ。
この概念を提唱したのが、米有力誌ワイヤードのクリス・アンダーソン編集長。同編集長が書いたワイヤード誌の「ザ・ロング・テール」という記事には、この概念のことが詳しく書かれている。
その例として挙げられているのが、「タッチング・ザ・ボイド」という本。この本は、英国の登山家ジョー・シンプソン氏がアンデス山脈での登山事故のことを書いたもので、1988年に発売された。当時、この本を絶賛する書評は幾つかあったが、実際にはほとんど売れなかったという。ところが10年後にブームが起こり、文庫版の「タッチング・ザ・ボイド」は14週間連続でニューヨークタイムズのベストセラーリストに載った。
何が起こったのか。
同じような登山事故を取り上げたジョン・クラクアー著「インツー・シン・エアー」のヒットの相乗効果だったという。相乗効果を起こしたのが、ネット書店アマゾン・ドット・コムの「この本を買った人はこんな本も買っています」のコーナー。ユーザーの購買履歴のデータベースから自動生成されるコーナーだ。「インツー・シン・エアー」の紹介ベージの同コーナーには「この本を買った人はこんな本も買っています」として「タッチング・ザ・ボイド」が表示された。リンクをたどって「タッチング」のページにジャンプしたユーザーは、他のユーザーが書いた書評を読んで「タッチング」を次々と購入していった。そして「タッチングザ・ボイド」の販売部数は「インツー・シン・エアー」の販売部数の2倍にも達したという。
広告やマーケティングなどの既存の販売促進メカニズムとは別のところで、ヒットが生まれたのだ。しかもこのような形のヒットの数が非常に多くなっているという。
アンダーソン編集長はまたロングテールの別の効果にも言及している。2対8の法則の崩壊だ。2対8の法則とは、発売してもヒットするのは、全体の2割の商品だけ、という経験則のことだ。その2割の「売れ筋」が売上全体の8割を占め、一方で8割の「死に筋」を合わせても2割にしかならない、と一般的にいわれている。
ところがアンダーソン編集長によると、ここにきて、この2対8の法則が崩壊し始めたという。
同編集長によると、米国の一般的な書店は13万タイトルの書籍を店頭在庫している。売り場面積の制限があるため、13万タイトルを「売れ筋」と判断し、それ以外の書籍を「死に筋」と判断し店頭販売していないわけだ。
ところがアマゾンには売り場面積の制限はない。一般書店が「死に筋」と判断した書籍まで取り扱うことができる。そしてアマゾンの売上集計結果をみると、13万タイトルの「売れ筋」の売上の総額より、それ以外の「死に筋」の売上の総額の方が大きいという。(実際にはその後の調査で「死に筋」書籍の売り上げは全体の3割程度であることが分かった。過半数には至らないものの、3割という数字は事業者にとって無視できない大きな数字であることに変わりない)
何が起こっているのだろうか。
これまで多くのビジネスは2割のヒットを出すことに人、資金、労力の多くを費やしてきた。残りの8割は費用対コストがあまりにも悪く、ビジネスとして成立しなかったからだ。ヒットを出すにはどうすればいいか。大衆ニーズの最大公約数に合う商品を出すことだった。この結果、どの社から出される商品もみな同じようなものになった。選択肢が狭められ、大衆の画一化が進んだ。
ところが技術革新は、最大公約数から漏れたニーズに対して優れたコストパーフォーマンスで商品を出すことを可能にした。新しい技術や仕組みを使うことで、もともと多様だった大衆のニーズに応えることができるようになったのだ。多様なニーズに効率よく応える仕組みを作った企業が、これからの勝者になるわけだ。
さてそれではこのロングテール現象は、報道という事業にどう当てはまるのだろうか。
最近は取材のきっかけとなる情報をネット上で探す記者が増えている。「ネットを使うような記者はだめ記者だ」という年輩記者の怒りもどこ吹く風で、若い記者は情報源としてネットを多用するようになってきている。わたしのところにも「ブログを読んだ」と言って多くの記者が取材に訪れている。これまでに朝日、読売、毎日、日経を始め、東洋経済、SAPIO、AERA、TBS、フジテレビなど多くの記者の取材を受けた。わたし以外にも、普段は日頃を身辺雑記しか書かないのだが、たまたま経済に関する記事を書いたところ、テレビ局がそれを見つけて、テレビ出演することになったという人がいる。こうしたことを見ても、既存メディアは情報源としてネットを重宝し始めているし、ネット上に出た情報を既存メディアが広く伝えるという構図ができつつあるように思う。
さていったん既存メディアによって広く伝搬された情報は、ネット上でまた議論の対象となる。ここからが、これまでの情報伝搬のあり方と異なるところだ。これまでは既存メディアが取り上げなくなった情報は、次第に人々の脳裏から消えていった。話題の出来事は、釣り鐘型カーブのごとく、既存メディアを通じて人々の話題となり、既存メディアが取り上げなくなった時点で人々の話題から消え去っていくものだった。
ところがネット上では、既存メディアが取り上げなくなったあとでも、長く深く議論され続ける話題がある。災害などの話題もそうだ。既存メディアは災害発生後しばらくは報道を続けるが別の大きな事件事故が発生すれば、別の話題へとそそくさと移る。しかしネット上では被災者やボランティアを中心とした情報発信や議論がいつまでも続いている。既存メディアの報道が終わったからといって、災害被害が終わったわけではないからだ。たとえ必要とする人の数が少なくとも、必要とする人には非常に重要な情報のやりとりがネット上で続けられているのだ。既存メヂィアやブログで発信された情報の受信者の数を縦軸に、時間の推移を横軸に設定した場合、話題としてのピークを過ぎ既存メヂィアが取り上げなくなったあとでも、グラフは細く長く伸びることになる。ロングテールだ。
さて次に2対8の法則をみてみよう。
既存メヂィアが伝えるニュースは、いわば8割の人が必要とする2割の情報だということができる。できるだけ多くの人にとって有意義な情報だけを取りそろえてきたわけだ。一方で2割の大衆が必要とする8割の情報を切り捨ててきたのだと思う。より多くの人に必要な数少ない情報を追求すれば、どの社も横並びで内容は同じ「幕の内弁当」的な情報の取り揃えになりがちだ。
もちろんこれはある程度仕方のないことだと思う。店舗に店舗面積という制約があるように、放送に時間、新聞・雑誌に紙面という制約があり、最大公約数的な特徴のない品揃えにどうしてもなってしまうのだ。
ネット上ではこうした制約がない。重要な情報だが必要としている人数は少ない、という情報でも取り扱うことができる。災害の安否情報は、まさにそういった情報だ。新聞の1面トップを飾るニュースがどれだけ大ニュースであっても、自分の家族、愛する人の安否情報に勝る大ニュースはない。
こうした情報をどう取り込んでいくかが、ネット上のニュースサイトの課題だろう。そのためには技術革新をどう取り込むか、個々人の情報発信をどう取り込むかがカギになると思う。
脚注:米ワイヤード誌「The Long Tail 」
http://www.wired.com/wired/archive/12.10/tail.html
著者注:本として出版するための原稿ですが、未完成なものです。間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。「過去エントリをそのまま記録として残すべきだ」「細かな修正を加えるたびにPINGが飛び、RSSリーダーにほぼ同じ原稿が表示されるので困る」などという意見をいただきましたので、ご意見、ご指摘をいただいても、エントリ自体を修正しないことにしています。ですが、建設的なご指摘、ご意見は、最終原稿に必ず反映させるつもりです。繰り返しになりますが、本エントリは未完成原稿です。引用を希望される場合は、脚注にある原典に当たられることをお勧めします。
参考「本を書きます」

このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
by tsuruaki_yukawa
| 2005-12-20 06:42
| 本の原稿