2005年 12月 30日
オーマイニュース型は日本ではうまくいかないだろう |
▼市民記者型ジャーナリズム
一方で韓国のオーマイニュースのような市民記者型の参加型ジャーナルズムは日本で大きな影響力を持つようになるのだろうか。
市民記者型ジャーナリズムのサイトも定義が難しいところだ。ジャーナリズムを職業としない人たちが情報を持ち寄るサイト、と定義してしまえば、2ちゃんねるや価格比較サイトも市民記者型ジャーナリズムだということになる。わたし自身は、2ちゃんねるや価格比較サイトも新しいジャーナリズムの1つの形であると思っているのだが、あまりに議論が拡散してしまうので、ここでは便宜上、2ちゃんねるや価格比較サイトは含めないことにした。あくまでも市民記者型のジャーナリズムサイトの定義は、運営者や参加者たちがジャーナリズムを実践しているという意識を持っているサイトに限定することにしようと思う。
そのように限定すれば日本にはJANJAN、ライブドアのパブリック・ジャーナリズム(PJ)、ツカサネットという3つの市民記者型ジャーナルズムのサイトが存在することになる。JANJANは元朝日新聞記者で元鎌倉市長が創設した。ライブドアPJは2005年、ライブドアのニュース部門として始まった。ツカサネットは不動産業などを手がけるツカサグループが2005年に始めた。どのサイトも登録すれば基本的にだれでも記者になれるというもので、韓国オーマイニュースを意識していることは明らかだ。
韓国オーマイニュースの成功の理由には、韓国の既存メディアが保守に傾倒していたことがあるといわれている。既存メディアに受け止めてもらえなかった若者を中心とした革新派が、オーマイニュースに結集し盛り上げたと考えていいだろう。つまり振興メディア企業が起こる背景には、既存メディアに対する不満が必要なのだと思う。
果たして日本人は日本の既存メディアに対して不満を持っているのだろうか。
「メディアに対する信頼度の国際比較」という統計結果を見たことがある。その統計結果によると、日本は先進国の中でもマスメディアを最も信頼している人の割合が多いということだった。本当なのだろうか。こうした国際比較統計は、もともと非常に難しいものだと思っている。「信頼」という概念も言語や文化によって微妙に異なるものなのに、果たしてその度合いを科学的に比較できるものなのだろうか。
またわたしは日本と米国の2つの国でしか生活した経験がないのだけれど、少なくともわたしは日本人が米国人よりもマスメディアを信頼しているというように感じたことはなかった。それどころか日本のネット上の言説を見る限り、日本のネットユーザーの間には日本のマスメディアに対する相当な不信感があるように思える。
ということで、わたしは日本人が他の先進国の人たちよりもマスメディアを信頼しているという統計結果をそのまま鵜呑みできないのではないか、と思っている。
しかし日本人のマスメディアへの不信感は、オーマイニュースのような市民記者型のジャーナルズムサイトが必要とするほどに高まっているのだろうか。
わたしには、分からなかった。そこで市民記者型サイトが社会に影響を及ぼすほど大きな存在になるのかどうか、ということで判断するしかなかった。
わたしが参加型ジャーナリズムをテーマにしたブログ「ネットは新聞を殺すのかblog」を2004年5月に立ち上げたときには、JANJANは既に運営されていた。しかし新聞記者仲間の間でもJANJANを知らない人が多く、オーマイニュースのように報道機関として広く認知されているとは言い難い状況だった。JANJANはその後も確実に登録記者数を伸ばし、活動も充実してきてはいるものの、やはりこの原稿を書いている時点でも、報道機関として広く認知されているとは言えないと思う。
市民記者を募集するだけで多くの人が集まるほど、日本人は既存メディア企業に不信感を持っているというわけではないのかもしれない。また実際に不信感は存在するのだが、不信感や憤りといった感情は2ちゃんねるやブログなど別のルートで、発散、表現できるということもあるだろう。韓国オーマイニュースに人が集まったのも、2ちゃんねるのような巨大掲示板もなくブログが普及する前だったという状況があったからこそではなかろうか。
場を提供するだけでは人は集まらない。それなら主催者が場を盛り上げる努力をすればどうだろう。盛り上がれば人は集まってくるはずだ。そして人が集まってくれば、その人たちがさらに場を盛り上げてくれる。この好循環に入れば、あとは放って置いてもサイトは成長し影響力を持つようになるはずだ。
韓国オーマイニュースも、社員として雇用した記者に調査報道をさせたり、注目度の高い事件だけを徹底的に報道したりして、場を盛り上げた。
ただ好循環に入るまでの場の盛り上げには、一定レベル以上の記者集団を集めなければならない。かなりのコストがかかるわけだ。日本では資金力のあるところでなければ、市民記者サイトを盛り上げることはできないように思えた。
そこでわたしは2004年夏頃から準備が始まったライブドアPJに注目した。ライブドアなら、その気になれば市民記者サイトが軌道に乗るまで資金的な援助ができるはずだ。ビジネスサイドで準備を進めていたライブドア社内の仕掛け人ともいえる担当者ともコンタクトを取った。
この担当者は実にアイデア豊富な人物だった。ライブドアPJの基本的な仕組みは韓国オーマイニュースを参考にするものの、有力ブロガーとの提携や、無料電話ソフト「スカイプ」を取り入れた情報発信など、場を盛り上げるための新しい仕組みをいろいろと計画していた。この担当者は「市民記者による報道をライブドアの目玉コンテンツの1つにする」と熱い思いを語ってくれた。堀江社長の全面的バックアップを受けているようにも見えた。
ところがその年の暮れに、この担当者が急に異動になった。この担当者の計画は、ほとんど実現されなかった。
理由は分からないが、その辺りからライブドアはフジサンケイグループの買収に動き出していたのだろう。コストをかけて市民記者型ジャーナルズムサイトを立ち上げるよりも、既存メディア企業を買収したほうが早いと堀江社長が判断したのかもしれない。
それからしばらくして、新しい担当者と何かの会合で会ったことがある。そのときに「PJももう1つ盛り上がりに欠けているので、そろそろ撤退することを考えてませんか」と、わざと刺激的な言葉を選んで挑発してみた。新しい担当者は「いや、せっかく作ったものだし、コストもほとんどかかっていないので、こんな感じでしばらく続けます」と答えた。市民記者たちだけで相当の盛り上がりを実現できるレベルまで、運営者であるライブドアが引っ張っていく、という気はなさそうだった。
ライブドアPJに続いてツカサネットが登場した。別の市民記者サイトを作ろうとする動きも耳に入ってくる。しかしJANJAN、ライブドアPJといったこれまでの試みをみて分かるように、ただ場を設けるだけでは人は集まってこない。
場を設けた上でコストをかけて場を盛り上げなければならない。ところが報道は「金食い虫」だといわれる。長期間にわたってこの金食い虫を扶養し続けることができるかどうかが必要条件になる。しかもそれは十分条件ではない。軌道に乗るまで金食い虫を扶養し続けることができなければ話にもならないが、それができたとしても必ずしも成功するとは限らないのだ。
問題は、2ちゃんねるやブログなど、個人の情報発信欲求を満たすことのできるチャンネルが既にほかにも存在するということだ。欲求は分散され、1つのサイトが大きく盛り上がることが難しくなった。これからの議論の盛り上がりは、サイトを超えるものが中心になるだろう。
JANJANやライブドアPJ、ツカサネットが意味のないことをやっている、と言うつもりは毛頭ない。わたしは市民によるジャーナリズムの振興を心から願っているし、この3社や、これからも出てくるであろう新しい市民記者サイトを応援する気持ちは変わらない。個々にはすばらしい記事もあることだろう。
ただこうした市民記者サイトが、マイナーもしくは中堅の掲示板やブロググループというレベルを超え、韓国オーマイニュースのように新しいタイプの報道機関としての地位を獲得するようになるとは、到底思えない。
わたしは韓国オーマイニュースでさえ、参加型ジャーナリズムの歴史の中の過渡期の産物ではないかと思っている。これからの参加型ジャーナリズムは、ジャーナリズムという言葉を意識せずに自然に実践されるものになると思う。
著者注:本として出版するための原稿ですが、未完成なものです。間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。「過去エントリをそのまま記録として残すべきだ」「細かな修正を加えるたびにPINGが飛び、RSSリーダーにほぼ同じ原稿が表示されるので困る」などという意見をいただきましたので、ご意見、ご指摘をいただいても、エントリ自体を修正しないことにしています。ですが、建設的なご指摘、ご意見は、最終原稿に必ず反映させるつもりです。繰り返しになりますが、本エントリは未完成原稿です。引用を希望される場合は、脚注にある原典に当たられることをお勧めします。
参考「本を書きます」

このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
一方で韓国のオーマイニュースのような市民記者型の参加型ジャーナルズムは日本で大きな影響力を持つようになるのだろうか。
市民記者型ジャーナリズムのサイトも定義が難しいところだ。ジャーナリズムを職業としない人たちが情報を持ち寄るサイト、と定義してしまえば、2ちゃんねるや価格比較サイトも市民記者型ジャーナリズムだということになる。わたし自身は、2ちゃんねるや価格比較サイトも新しいジャーナリズムの1つの形であると思っているのだが、あまりに議論が拡散してしまうので、ここでは便宜上、2ちゃんねるや価格比較サイトは含めないことにした。あくまでも市民記者型のジャーナリズムサイトの定義は、運営者や参加者たちがジャーナリズムを実践しているという意識を持っているサイトに限定することにしようと思う。
そのように限定すれば日本にはJANJAN、ライブドアのパブリック・ジャーナリズム(PJ)、ツカサネットという3つの市民記者型ジャーナルズムのサイトが存在することになる。JANJANは元朝日新聞記者で元鎌倉市長が創設した。ライブドアPJは2005年、ライブドアのニュース部門として始まった。ツカサネットは不動産業などを手がけるツカサグループが2005年に始めた。どのサイトも登録すれば基本的にだれでも記者になれるというもので、韓国オーマイニュースを意識していることは明らかだ。
韓国オーマイニュースの成功の理由には、韓国の既存メディアが保守に傾倒していたことがあるといわれている。既存メディアに受け止めてもらえなかった若者を中心とした革新派が、オーマイニュースに結集し盛り上げたと考えていいだろう。つまり振興メディア企業が起こる背景には、既存メディアに対する不満が必要なのだと思う。
果たして日本人は日本の既存メディアに対して不満を持っているのだろうか。
「メディアに対する信頼度の国際比較」という統計結果を見たことがある。その統計結果によると、日本は先進国の中でもマスメディアを最も信頼している人の割合が多いということだった。本当なのだろうか。こうした国際比較統計は、もともと非常に難しいものだと思っている。「信頼」という概念も言語や文化によって微妙に異なるものなのに、果たしてその度合いを科学的に比較できるものなのだろうか。
またわたしは日本と米国の2つの国でしか生活した経験がないのだけれど、少なくともわたしは日本人が米国人よりもマスメディアを信頼しているというように感じたことはなかった。それどころか日本のネット上の言説を見る限り、日本のネットユーザーの間には日本のマスメディアに対する相当な不信感があるように思える。
ということで、わたしは日本人が他の先進国の人たちよりもマスメディアを信頼しているという統計結果をそのまま鵜呑みできないのではないか、と思っている。
しかし日本人のマスメディアへの不信感は、オーマイニュースのような市民記者型のジャーナルズムサイトが必要とするほどに高まっているのだろうか。
わたしには、分からなかった。そこで市民記者型サイトが社会に影響を及ぼすほど大きな存在になるのかどうか、ということで判断するしかなかった。
わたしが参加型ジャーナリズムをテーマにしたブログ「ネットは新聞を殺すのかblog」を2004年5月に立ち上げたときには、JANJANは既に運営されていた。しかし新聞記者仲間の間でもJANJANを知らない人が多く、オーマイニュースのように報道機関として広く認知されているとは言い難い状況だった。JANJANはその後も確実に登録記者数を伸ばし、活動も充実してきてはいるものの、やはりこの原稿を書いている時点でも、報道機関として広く認知されているとは言えないと思う。
市民記者を募集するだけで多くの人が集まるほど、日本人は既存メディア企業に不信感を持っているというわけではないのかもしれない。また実際に不信感は存在するのだが、不信感や憤りといった感情は2ちゃんねるやブログなど別のルートで、発散、表現できるということもあるだろう。韓国オーマイニュースに人が集まったのも、2ちゃんねるのような巨大掲示板もなくブログが普及する前だったという状況があったからこそではなかろうか。
場を提供するだけでは人は集まらない。それなら主催者が場を盛り上げる努力をすればどうだろう。盛り上がれば人は集まってくるはずだ。そして人が集まってくれば、その人たちがさらに場を盛り上げてくれる。この好循環に入れば、あとは放って置いてもサイトは成長し影響力を持つようになるはずだ。
韓国オーマイニュースも、社員として雇用した記者に調査報道をさせたり、注目度の高い事件だけを徹底的に報道したりして、場を盛り上げた。
ただ好循環に入るまでの場の盛り上げには、一定レベル以上の記者集団を集めなければならない。かなりのコストがかかるわけだ。日本では資金力のあるところでなければ、市民記者サイトを盛り上げることはできないように思えた。
そこでわたしは2004年夏頃から準備が始まったライブドアPJに注目した。ライブドアなら、その気になれば市民記者サイトが軌道に乗るまで資金的な援助ができるはずだ。ビジネスサイドで準備を進めていたライブドア社内の仕掛け人ともいえる担当者ともコンタクトを取った。
この担当者は実にアイデア豊富な人物だった。ライブドアPJの基本的な仕組みは韓国オーマイニュースを参考にするものの、有力ブロガーとの提携や、無料電話ソフト「スカイプ」を取り入れた情報発信など、場を盛り上げるための新しい仕組みをいろいろと計画していた。この担当者は「市民記者による報道をライブドアの目玉コンテンツの1つにする」と熱い思いを語ってくれた。堀江社長の全面的バックアップを受けているようにも見えた。
ところがその年の暮れに、この担当者が急に異動になった。この担当者の計画は、ほとんど実現されなかった。
理由は分からないが、その辺りからライブドアはフジサンケイグループの買収に動き出していたのだろう。コストをかけて市民記者型ジャーナルズムサイトを立ち上げるよりも、既存メディア企業を買収したほうが早いと堀江社長が判断したのかもしれない。
それからしばらくして、新しい担当者と何かの会合で会ったことがある。そのときに「PJももう1つ盛り上がりに欠けているので、そろそろ撤退することを考えてませんか」と、わざと刺激的な言葉を選んで挑発してみた。新しい担当者は「いや、せっかく作ったものだし、コストもほとんどかかっていないので、こんな感じでしばらく続けます」と答えた。市民記者たちだけで相当の盛り上がりを実現できるレベルまで、運営者であるライブドアが引っ張っていく、という気はなさそうだった。
ライブドアPJに続いてツカサネットが登場した。別の市民記者サイトを作ろうとする動きも耳に入ってくる。しかしJANJAN、ライブドアPJといったこれまでの試みをみて分かるように、ただ場を設けるだけでは人は集まってこない。
場を設けた上でコストをかけて場を盛り上げなければならない。ところが報道は「金食い虫」だといわれる。長期間にわたってこの金食い虫を扶養し続けることができるかどうかが必要条件になる。しかもそれは十分条件ではない。軌道に乗るまで金食い虫を扶養し続けることができなければ話にもならないが、それができたとしても必ずしも成功するとは限らないのだ。
問題は、2ちゃんねるやブログなど、個人の情報発信欲求を満たすことのできるチャンネルが既にほかにも存在するということだ。欲求は分散され、1つのサイトが大きく盛り上がることが難しくなった。これからの議論の盛り上がりは、サイトを超えるものが中心になるだろう。
JANJANやライブドアPJ、ツカサネットが意味のないことをやっている、と言うつもりは毛頭ない。わたしは市民によるジャーナリズムの振興を心から願っているし、この3社や、これからも出てくるであろう新しい市民記者サイトを応援する気持ちは変わらない。個々にはすばらしい記事もあることだろう。
ただこうした市民記者サイトが、マイナーもしくは中堅の掲示板やブロググループというレベルを超え、韓国オーマイニュースのように新しいタイプの報道機関としての地位を獲得するようになるとは、到底思えない。
わたしは韓国オーマイニュースでさえ、参加型ジャーナリズムの歴史の中の過渡期の産物ではないかと思っている。これからの参加型ジャーナリズムは、ジャーナリズムという言葉を意識せずに自然に実践されるものになると思う。
著者注:本として出版するための原稿ですが、未完成なものです。間違いの指摘やご意見をいただければ幸いです。「過去エントリをそのまま記録として残すべきだ」「細かな修正を加えるたびにPINGが飛び、RSSリーダーにほぼ同じ原稿が表示されるので困る」などという意見をいただきましたので、ご意見、ご指摘をいただいても、エントリ自体を修正しないことにしています。ですが、建設的なご指摘、ご意見は、最終原稿に必ず反映させるつもりです。繰り返しになりますが、本エントリは未完成原稿です。引用を希望される場合は、脚注にある原典に当たられることをお勧めします。
参考「本を書きます」

このworkは、クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの下でライセンスされています。
by tsuruaki_yukawa
| 2005-12-30 06:33
| 本の原稿

